
【経営者に学ぶ! 女性活躍とリーダーシップvol.3】 サバイバーズミッションで己と組織を奮い立たせる。そうして経営者は組織文化を守り抜く。(株式会社土屋 代表取締役・高浜敏之)
ジェンダーギャップやアンコンシャスバイアスを改善するカギはトップの決断とはよく聞くけれど、じゃあいったいどんな考えをもって、どんな行動をしているの? その決断の背景にあるリーダー論とはいったい……?
事業を継承して3年、新米経営者でもあるF30プロジェクト代表・小林奈巳(こばなみ)が、大先輩社長の生き様から経営視点をキャッチしていきます。
★前編はこちら → 【経営者に学ぶ! 女性活躍とリーダーシップvol.1】 ジェンダー平等実現のため、時には人事権を乱用し、アファーマティブ・アクションをどしどし進める。(株式会社土屋 代表取締役・高浜敏之)
★中編はこちら → 【経営者に学ぶ! 女性活躍とリーダーシップVol.2】 管理職を打診したときの女性の「無理」は「無理じゃない」。私はあきらめない。(株式会社土屋 代表取締役・高浜敏之)

■株式会社土屋 代表取締役 高浜 敏之 プロフィール
高浜家の長男として生まれ、九州男児の父親と、シャドーワークに従事する母のもとで育つ。ボクサーを目指した後、大学で哲学を学んでいくなかで、家父長制やジェンダーバイアスを乗り越えるフェミニズム思想に出合う。大学卒業後は介護福祉社会運動の世界へ。自立障がい者の介助者、障がい者運動、ホームレス支援活動など、市民活動家として社会活動に携わり、介護系ベンチャー企業の立ち上げにも参加。アルコール依存症を乗り越え、デイサービスの管理者、事業統括、新規事業の企画立案、エリア開発などを経験し、2020年8月に株式会社土屋を起業した。

決断する瞬間に根拠があるのではなく、決断の歴史のなかに根拠がある
こばなみ:ここからは高浜さんの経営者としての基盤についてお伺いしたいです。
まず、何かを決断するときに大切にしていることは何でしょうか?
高浜:決断はけっこう早い方だと思うのですが、それは自分自身の価値観や座標軸みたいなものを深めたり、問い直したりする時間を多く持っているからなのかな。つまり決断する瞬間に根拠があるのではなくて、決断の歴史のなかに根拠がある、ということですね。これまでの紆余曲折のなかで、自分自身の指針ができたので。
あとはオーナー経営者で裁量を持っている立場であることは大きいと思っています。ただ、何でも即断即決がいいわけではなくて、重たいテーマについては自分で決めないと決めています。後に引き返せないような案件については、深く、法的に情報を集めて、決定のプロセスに時間をかけますね。「悩んでいるんだけど、どう思う?」といろんな人と対話するなかで、“これだ!”というものが見えると思っています。
こばなみ:失敗したエピソードもあれば教えていただきたいです。
高浜:僕はかなり感情的でもあるので、ポジティブな方にぴょんと跳ねちゃうんですよね。時にパパパって勢いよく物事を進めちゃって、後で、“あれ?”みたいな。そういうことがあります。自分の後を自分で追いかけているみたいな感じですね(笑)。自分が走っているなかでいろいろポロポロ落とすので、その落とし物拾いを自分だけじゃなくみなさんにもやってもらっている面はあるかもしれないです。

「免除ルール」を決めることで、補い合える関係性に
こばなみ:それはやっぱり、会社の皆さんが高浜さんの“補い合いながらやっていこうよ”っていうリーダーシップを慕っているからですよね。
高浜:僕はもう圧倒的にできないことだらけなので、「できないのでお願いします」って頭を下げながらやっています。
こばなみ:ご自身が“補ってもらっている”ということを自覚しながら、言語化しながらやっているということですか。
高浜:はい。会社を始めたときに「みんなで補完し合いながらやっていこう」と。「そもそも福祉とはそういうものなんだ。できないことを補完するのが仕事なんだから、そういう会社であろう」ということで、創業のときに役員間で自分ができないことを言い合ったんですよね。それが免除するルールになっているんです。
ある役員は「自分は文章が書けないんです」と言って、免除されている。また、ある役員は、ものすごい高学歴なのに「郵送物に住所と宛名を書いて郵便局に持って行くのだけはどうしてもできない」と免除されているし。
あとは、「オンラインミーティングの画面に出られない」って言う人がいまして。その人はたくさんいる人の前に出られないので、画面オフを認められているんですよ。
こばなみ:その「免除ルール」は高浜さんが決めたものですよね。
なんで思いついたんですか?
高浜:そりゃ、私自身ができないことがたくさんあるからです(笑)。物をなくさないようにできないとか、きれいな字を書けないとか。印鑑をまっすぐ打てないから、金融機関で融資を受けるときも誰かに付いて来てもらって、その人に印鑑を押してもらうとか。いろいろできないことがあるんですよ。
こばなみ:なんかとても人間らしいですね! そうやってさらけ出して話し合いながら経営していくスタイルや、みんなに頼ってみんなで進んでいけるようなリーダーシップって素敵だなって、今感動しています。「できない」って言えないことも多々あるじゃないですか。
高浜:後からなにか言われるのが嫌だっていう、臆病さの裏返しだと思うんですけどね(笑)。

自分なりの理念やビジョンを生み出しているのは「サバイバーズミッション」
こばなみ:なるほど。あともう一つ聞きたいのですが、組織運営や課題に立ち向かうなかで、高浜さんを前に突き動かすもの、モチベーションを奮い立たせるものって何ですか?
高浜:アメリカの精神科医ジュディス・L・ハーマンが書いた『心的外傷と回復』という名著があるんですけど、最後に「サバイバーズミッション」という言葉があるんですよ。
心的外傷、いわゆるトラウマは、その人の人生を壊したり、生きづらさの根拠となるもので、度が過ぎれば治療対象にもなりますよね。そのトラウマを抱えた人が受けるリカバリープログラムのなかで、痛みの記憶を乗り越えようとすることが社会化されたり、一般化されたり、いわゆる消化されることで、ミッション感覚になりうると。
こばなみ:ミッション感覚になる……?
高浜:傷を負ったがゆえに、その人に与えられた使命みたいなことですね。社会活動家だったり、社会変革者だったり、政治経済文化において大きな仕事をした多くの人がトラウマサバイバーであると、事例とともにその本に書いてありました。
傷を負っていない人なんてこの世に誰もいないわけですから、みんながサバイバーズミッションを行っていて、それを自覚するかどうかだと思うんですね。自分の場合は、社会的弱者とか、マイノリティの人とか、困っている人に対して何とかしたいというミッション感覚が心の傷とリンクしている自覚があります。
そこから自分なりの理念やビジョンが生まれたので、その「ミッション感覚」に忠実でありたいなと思っています。ジェンダー平等の実現も含めて、社会善を遂行するのと同時に、その営み自体が自分自身を癒しているということを自覚しながらやっていけたらと思いますね。
こばなみ:社会的な活動をすることが結果的に自分自身を癒している、ということなんですか?
高浜:それは私だけではなくて、同じミッションを共有する仲間みんなでの集団治療、セラピープログラムなんだ、という感覚ですね。そこを裏切らない=情熱が絶えないということなんじゃないかなと思っています。

リーダーシップを執る人の役割は、文化をつくり守ること
こばなみ:最後にもうひとつだけ! 高浜さんが思うリーダーの定義を教えてください。
高浜:先日、とある会社の元社長さんと会食したんです。その会社はコーポレートガバナンスの挫折というか、事業承継の失敗というか、ともかく企業経営に失敗して廃業にいたり、一時メディアなどでも報道されていました。
話を聞くと、以前、その会社は仕事に対してものすごく厳しかったけど、同時に優しかった。厳しいノルマがあって仕事は苦しかったけど、同時に楽しかった、と。でも経営陣が世代交代するにつれて極端なまでのノルマ至上主義になり、優しさと楽しさがなくなって、ただただ厳しく、ただただ苦しい職場に変わってしまった、と。心理的安全性がなくなって、みんなが自己保身するためにやってしまった結果だったと言っていましたね。
こばなみ:廃業の裏にそんな背景があったんですね……。
高浜:大企業の崩壊は、ある意味文化が失われてしまった結果であって、リーダーシップを執る人の役割はやっぱり文化形成なんだということを再確認させられました。
具体的な業務は継承していくものなので、いつまでも自分でやっていたら組織は発展しないから、部下に渡してみんなができるようになるストーリーを紡いでいくことが我々の役割。だから残された仕事は何かというとやっぱり文化なんですよ。敬虔(けいけん)なカルチャーを守ることがリーダーの役割だと強く思いますね。


<こばなみ学習メモ>

★前編はこちら → 【経営者に学ぶ! 女性活躍とリーダーシップvol.1】 ジェンダー平等実現のため、時には人事権を乱用し、アファーマティブ・アクションをどしどし進める。(株式会社土屋 代表取締役・高浜敏之)
★中編はこちら → 【経営者に学ぶ! 女性活躍とリーダーシップVol.2】 管理職を打診したときの女性の「無理」は「無理じゃない」。私はあきらめない。(株式会社土屋 代表取締役・高浜敏之)

■F30プロジェクト 代表 小林 奈巳 プロフィール
大学でフジツボ研究、写真の専門学校を経て、2001年株式会社都恋堂に入社。雑誌やムック、フリーペーパーの編集・執筆、企業の販促ツールやオウンドメディアの企画・制作に従事し、2021年に同社の代表取締役に(総勢15名、男女比は2:3、「親身であれ!」を合言葉に元気にやってます)。経営の傍ら、10年間運営してきた女性向けコミュニティ・メディアを「F30プロジェクト」に改め、現在はリーダーとして働く女性の生声を取材し、noteで発信。”女性”という枕詞がなくなる世の中を目指している。通称:こばなみ。
文(対話部分):依知川亜希子
絵:酒井絢子