弟が逮捕されました。受け入れなければと思う一方、許す気にはなれず、どうしたらいいかわかりません。【ライムスター宇多丸のお悩み相談室343】
✳️今週のお悩み✳️
私には弟がいます。その弟がある事件に加担したことで、先日逮捕されました。私は教員として就職し、同業の夫と結婚して家を出た身ですが、私を含め我が家は公務員一家で、弟だけが違う職種に就いており、フラフラした自由人だけどようやく真面目に働き始めたと思った矢先の出来事でした。今後の処遇はこれから決まっていくようです。面会や裁判の準備に備えて奔走する父と憔悴し切った母の気持ちを思うと、胸が張り裂けそうな思いがします。私自身は、逮捕の一報を聞いても「あいつならやりかねないな」と思ってしまいました。起こした事件も、チンケな事件です(被害者がいるのでそうも言ってられないのですが……)。「あいつなら」。そう思ってるなら何かやれることはなかったのかなと後悔しています。 家族なのだから弟を受け入れなければと思う一方、人を傷つけてまで自分の利益を優先しようとした弟を許す気持ちにはなれず、このまま誰も知らないところで生きていってほしいと思います。でも、心の弱い弟です。どちらかというと搾取される側です。絞り尽くされ無惨な最期を迎えるだろうことが容易に想像できます。大人になるまで結構仲が良く、別の分野で頑張っているお互いを応援していました。でも、どうしてこんなことに……。 弟の処遇が決まればまた気持ちが切り替えられるんだと思いますが、それまで暗いトンネルにいるような気持ちです。きっと時が解決するのでしょう。でも、その時が来るまでどうやって過ごせば良いのでしょうか。職場のカウンセリングを予約したり、夫や職場の管理職、弟以外の家族と話したりして自分としては気持ちを溜めないようにしています。でも、ふとした瞬間に、逮捕の一報を伝えた父の声や涙も枯れた母の顔を思い出したり、連行される弟の姿が浮かんだりして辛いです。 宇多丸さんやこばなみさんがもしかしたらこのメールを読んでくれるかも……、そう思いながら気持ちを整理して書くことで、心が軽くなった部分もあります。でも、本当はどうしたら良いかわかりません。
(匿名希望・32歳・中学校教員・神奈川県)
こばなみ:
大変なことが起こりましたね。
宇多丸:
ねぇ……、まずはホント、ご愁傷様でした、ということに尽きますよね。
まぁ、「チンケな」というレベルではあるようだから、おおかた詐欺とか恐喝の片棒、といったあたりでしょうかね。
ともあれ相談文を読んでいて、匿名希望さんの引き裂かれるような思いと完全に重なるような、ふたつのまったく異なる考え方が、僕にも浮かんできて。
まず、いつも話しているように、家族と言えどひとりの独立した「他者」であることに変わりはないのだし、ましてお互い異なる道を選んだいい大人同士なんだから、少なくとも匿名希望さんがひとりで何もかも背負いこむことはないよ、とはとりあえず思います。知らねーよ!でいいじゃんよ、と。
でもそのいっぽうで、まさに匿名希望さんもそこで悩まれているわけだけど、このままただ突き放すだけだと、おそらく弟さんの人生は、さらに悪いほうに向かってゆくばかりであろうことも、ほぼ間違いないように思えちゃいますよね、やっぱり。
こばなみ:
匿名希望さん、弟さんを助けたい気持ちもあるんですよね。
宇多丸:
そういう思いもどうしても捨てきれないんだなというのが、文面からひしひしと伝わってきますよね。
きっと、もともとは本当に仲の良い姉弟だったんだろうし、根っからの悪人ではないということも、当然よくわかっているんでしょう。
これ、視点や価値基準をどこに置くかで答えもまるで変わってくる話だと思うから、ひとまずはやはり、「匿名希望さんの気が楽になる」ということを基本に考えてみたいと思いますが。
まずやっぱり、匿名希望さん自身が現状あまりにいっぱいいっぱいなようなら、さっき言ったような「知るか!」モードにいったん入るというのも、ぜーんぜんありですから、というのは言っておきたい。
自分の心身を守るのも大事、というか、それが第一ですからね。家族一同ネガティブなエフェクトをモロに受けすぎて総崩れ、なんてことになったら目も当てられないわけだから。
ただ匿名希望さんは、そのまま弟さんを完全に見捨ててしまうこともできないというか、そうしたらそうしたで、たぶんまったく心穏やかではいられなくなってしまう感じですよね、文から察する限り。
おそらくですけど、匿名希望さんは、弟さんが道を踏みはずしてしまったことに、けっこうな割合で、責任を感じてらっしゃるんじゃないかと思うんです。
ここまで決定的に一線を踏み越えてしまう前に、何か家族としてできることがあったんじゃないか、みたいに……、「どうしてこんなことに」という自問はそういうことでしょうし、これまたおそらくですけど、弟さんもまた今ごろ同じ自問をしているはずだ、とも考えてらっしゃるんじゃないでしょうか。
しかし、起こってしまったものはもう、覆しようがない。
我々にできることはただ、現在の行動で未来を可能な限り変える、ということだけなので。
たとえば、弟さんとの関係に対する後悔や自責の念が実は少なからずあるからこそ匿名希望さんもこんなに苦しんでいるのだとしたら、それを過去の苦い記憶として腹に溜めこんでゆくだけでは、たぶんいつまで経っても、気が完全には晴れることはなくて。
要はやっぱりいつかは、弟さん本人と正面から向き合って、これまでのわだかまりを互いに吐き出して確認し合う、というような機会を持つべきなんでしょうね。
もちろんそれは相当な気力体力が要ることではあるだろうし、今すぐというわけにはゆかないどころか、まずそんな気になるまでにも時間がそれなりにかかるかもだけど、少なくとも匿名希望さんの心が本当に安らぐという意味では、いつかはやはり、そのプロセスを経る必要があるんじゃないか、という気が僕にはします。
こばなみ:
時が経って、あそこで見捨てないで話し合っておいてよかったねってなるといいんですが。
宇多丸:
そうだよね。
それこそ、犯罪に手に染めるところまで行っちゃった弟さんがダメすぎだというのは言うまでもないこととして、そこに至る彼なりの理由とか気持ちとかっていうのも、必ずあるわけですからね。
またまた推測で申し訳ないけど、たとえば、みなさん揃っていわゆる「堅い」職に就かれているご家族、だからこそ、それとは違う道を行くことにある種の後ろめたさが強く伴っていて、弟さん自身それをどんどんこじらせていってしまい……みたいなボタンのかけ違いが、最初にあったのかもしれないし。
僕もいい歳になるまでフラフラしてた人間の典型だし、一歩間違えれば弟さんと似たようなことになっていたかもしれない、ともマジで思うので、余計にちょっと寄り添って考えてみたくなってしまうのかもだけど。
逆に言えば、そうやって本質的な問題の所在を改めてお互いに確認することで、それ以上に行き違いとかこじらせが進行することを、ある程度抑制したり防止したりできるかもしれないわけじゃないですか。
とにかく、起きてしまったことはもうどうしようもないとして、そこから先、何か本当にポジティブな、匿名希望さんが心底晴れやかな気分で前に進めるような着地がありうるとしたら、やっぱそういうことなんじゃないかなぁ、と思いますけど。
ただし、そこでぜひ心がけていただきたいのは、最初に言ったように、なんでもかんでも自分ひとりで背負いこもうとしないでね、ということですよね。
もちろん匿名希望さんは、相談文にもあるように、カウンセラーや周囲の人たちと積極的に話すようにしてたり、すでにじゅうぶんそこに意識的ではあると思うんですけど。
特に、こうしたご家族のトラブルに関して比較的部外者的なというか、客観的な立ち位置でもあるダンナさんは、ひょっとしたら弟さんのみならずご両親のケアという面も担うことになるかもしれない匿名希望さんにとって、やはり一番気が許せる理解者、救いとなりうる存在なんじゃないかと思いますね。
もちろんその、お人柄や考え方にもよるだろうけど……、こういうときに助けてくれない人だとしたら、そもそもパートナー失格でしょ!
幸いにもというか、お二人とも教育者なわけじゃん?
たくさんいる教え子のなかには、弟さんのように、本来悪い子じゃなかったのに、いろんな理由から道を踏み外してしまったとか、踏み外しかけてる生徒、というのも確実にいるわけでしょう。
で、教師というのは、むしろそういう危なっかしい「弱い」子にこそ、手を差し伸べるべき仕事なわけじゃないですか。
つまり、もし仮にこれが自分の教え子だったとしたら……的な視点で、一種職業的な冷静さをもって弟さんの更生をはかる、みたいなことが、特に匿名希望さんご夫婦が「チーム」として事にあたれば、比較的可能なんじゃないか、という気もするんですよね。
あと、今はさすがに、加害者家族用の相談窓口みたいなものも、しっかりあったりするわけですよね?
そうやって第三者に助けを求めるのだって、無論ぜんぜんありなわけですから。
そして再三言ってるように、ご自身がしんどいようなら、まずは自衛第一で、無理はせずに!
こばなみ:
公的制度はないみたいなのですが、調べてみたら、加害者家族を支援する団体はありました。
たとえば、日本初の加害者支援団体、特定非営利活動法人「World Open Heart」。相談は無料です(電話相談での通話料や、面談での交通費は自己負担)。
ほかにも支援団体が増えてきてはいるみたいなので、相談してみるのも手かと思います。
そして、とにかく大変なときだと思いますが、体にだけは気をつけてお過ごしくださいませ。良い方向に進むことを祈っています。
【今週のお絵描き】
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この記事は、女子部JAPAN公式WEBで2020年11月28日に公開したものを再編集し、掲載しています。