見ているのは女性活躍のその先。工場の女性管理職を10年前の6倍超にしたカルビーの視点。
2030年までに“女性活躍”という
言葉がなくなる世界をめざして、
リーダーとして働く女性を応援する
F30プロジェクト。
今回は誰もが知るあの
カルビーさんにおじゃまして、
ダイバーシティに取り組むお二人に
話を伺いました。
カルビーさんに女性活躍についての取材をしたいと思ったきっかけは、noteで見つけたとある記事。カルビー公式noteに掲載されたその記事には、2012年はたった3人だった生産部門(工場)の女性管理職(課長以上)が、2022年には20人に増加した経緯が綴られていました。
ダイバーシティの最優先課題として女性活躍推進に取り組んできたカルビーさんですが、工場ではシフト制という大きな壁があり、女性管理職が特に少ない状況だったとのこと。これまで女性が昇格しにくかった生産現場で、どのように女性管理職を増やす流れをつくってきたのか。また、そのベースにある女性活躍を掲げるときに大切にしている視点とは?
今回の躍進を陰で支えた生産本部 西日本生産部 人事担当の種橋 直実(たねはし なおみ)さんと人事総務本部 人財・組織開発部長兼D&I・スマートワーク推進室長の流郷 紀子(りゅうごうのりこ)さんのお二人に伺いました。
「コロナ禍になり、オンラインでのミーティングが当たり前になったことが、女性管理職増員の追い風に」
—まずは、今回の工場の女性管理職を増やす取り組みをスタートしたきっかけを教えてください。
種橋さん:
私は、2020年に現職である西日本生産部の人事担当部長に就きましたが、当時はカルビーの西日本にある6工場のうち、3工場で女性の管理職がゼロだったんです。全社的に女性管理職を増やそうとしているなかで、西日本の工場ではかなり停滞している状況で、女性活躍推進は私のミッションの一つと感じていました。
—女性管理職登用がなかなか進んでいなかった理由とは?
種橋さん:
製造現場では、実は「班長」や「主任」として、たくさんの女性が活躍されていますが、工場のラインによってはシフトが3交代になっていて早朝勤務や夜間勤務があることですね。「課長」になれば日勤なのですが、その手前で、例えば結婚や出産などのライフイベントで交代勤務を離脱することで、キャリアが途絶えてしまうという課題があったんです。
—女性管理職登用が停滞していたなか、各工場長とも相談しながら人財マップをつくるなど、かなり大変だったのではないですか?
種橋さん:
コロナ禍でコミュニケーションが希薄になっているといわれていますが、実は、コロナ禍になり、オンラインでのミーティングが当たり前になったことが、追い風になりました。西日本には、鹿児島から岐阜まで6工場ありますが、現地に行かなくてもミーティングが可能になったので。
管理職候補者をリストアップする「人財マップ」は、今回取り入れた新たな仕組みなのですが、その相談や進捗報告もスムーズにできました。コロナ禍の課題はたくさんあるのですが、遠隔地とのコミュニケーションがやりやすくなったことは大きかったですね。
最初はそんな急に管理職を増やせるのか、と心配もありました。でも、工場長から「候補者は沢山いるんだけどね」と言ってもらえ、安心しました。各工場長や生産部門の上層部も、ダイバーシティへの考え方に理解があり、それまで「班長」は3交代制が基本でしたが、今は日勤の「班長」が誕生したり、「主任」になる女性の人数が増えたりするなど、少しずつ変わってきています。
「かつては私も声をかけてもらうことで勇気をもらったり、くじけそうなときに元気をもらったりしました」
—本社にいた流郷さんは、種橋さんの取り組みをどのように見られていましたか?
流郷さん:
私は2021年の2月にカルビーに入社したのですが、活躍の様子は風の便りで伝わってきていてました(笑)。とにかく、女性管理職候補とのコミュニケーションをしっかりと取られているなと遠くから見ていましたが、それが功を奏したと思っています。「声をかける」ことは、些細なことかもしれませんが、当事者にとってはすごく大事なことですよね。かつては私も声をかけてもらうことで勇気をもらったり、くじけそうなときに元気をもらったりしました。
種橋さん:
それほどきめ細かくフォローしていたわけではないですが、研修プログラムをのぞき見をして参加者に話しかけたり、工場に行ったときに「どんな感じ?」と聞いたりしていました。
というのも、私自身が2015年に管理職のオファーを受けた当時、なんの心の準備もスキルの用意もできていなくて不安だったんです。「せっかくオファーしてくれているのに、断るのも……」と悩んだ経験があります。今は研修もあって、“船が来たとき、それに乗る心の準備”ができているから、管理職のオファーも受けてもらいやすいだろうと思います。
—その船は、降りることもできますか?
種橋さん:
はい。降りることもできます。そしてまた、ライフイベントが変わったり、仕事に集中できるようなコンディションになったりしたら、チャンスが回ってくると思える会社です。
「完璧じゃなくていい、管理職になってからも学べる、女性たちの意識が変わっていきました」
—「女性リーダー育成プログラム」では、どのような効果がありましたか?
種橋さん:
プログラムを受ける中で横のつながりも増えてくると、皆さんの意識がどんどん変わっていくのを感じました。バリバリ仕事をしている社内ロールモデルの方のお話を聞いた後「完璧じゃなくていいんだ」「管理職になってからも学べるんだ」という声をもらいました。「私なんてこんな研修受けたところで……」と自信なさげに言っていた方が、最後の結果報告会では経営層が聞いているなかで、堂々と熱っぽくお話をされている様子にパワーを感じました。
流郷さん:
生産部門の人は団結してすごく勢いがありましたね。
種橋さん:
研修のなかでも、管理職というのは周りに助けてもらいながらできると気づく機会がたくさんあり、「管理職と聞いて身構えていたけれど、私にもできるかも」といったマインドセットができたと思います。
—管理職に対する不安は、どういったところからきていると思いますか?
種橋さん:
マネジメントをしている人がどんな仕事をしているのかが、メンバーの立場からは100%見えているわけではないので、そういうところが不安要素になっているように感じますね。「全てを自分が熟知してなくても、メンバーが何をしているかさえわかっていれば、マネジメントをすることはできる」。そんな風に伝えるようにしています。
「女性の活躍は就職を決める安心材料になるんだ、と新鮮に感じましたね」
―女性活躍推進の取り組みに対して、社外から反響はありましたか?
流郷さん:
私は採用の面ですごく影響を感じています。先日までちょうど採用面接をやっていましたが、例えば、複数の企業から内定もらった女子学生がカルビーを選ぶ決め手となったのが、「女性が活躍している企業だったから」という声を多く聞きます。私の上司である人事総務本部長も女性なのですが、内定通知書に記載される彼女の名前を見て、「女性でもこんなポジションになれるんだ」と驚いたという学生さんもいました。私としては就職を決める安心材料になるんだ、と新鮮に感じましたね。
—こういった女性管理職を増やそうという取り組みに、反対意見はなかったですか?
種橋さん:
私のところには入ってこないですね。たまたま私が女性だからかもしれませんが。
流郷さん:
私も今のところ、聞いたことがないです。
種橋さん:
そもそも、ダイバーシティーの動きを理解してくれている方が多いと感じます。そして、本社だけでなく製造の現場でも女性管理職も増えてきたなか、そういう反対意見が出てこないのは、管理職になった方の能力を認めている——「理解」が「納得」に変わってきているのかなと思います。
「実は私自身、『女性活躍』という言葉はあまり好きではないんです。女性活躍の先には全員活躍があるから…」
—今後の課題についてはどう捉えていますか?
種橋さん:
全社が掲げる女性管理職30%に近づけるように、生産部門でも継続していきたいと思っています。一方、日本の労働人口が少なくなっていくなかで、将来的なことを考えて交代勤務がない業種を選択する方が増えています。若手の採用にも課題があるので、工場の働き方も見直すことも考えなくては、というところまできています。
流郷さん:
私は今年度からD&I・スマートワーク推進室長も兼務しています。でも、実は私自身、「女性活躍」という言葉はあまり好きではないんですね。「なんで女性だけにフォーカスするの?」という気持ちがあったんです。
でも、カルビーで2010年にダイバーシティを推進する部署を発足した方と話してようやく腹落ちしました。
当時目指したのは、誰でも活躍できるような職場環境だったそうです。でも、2010年当時はまだ女性管理職が少なく、社内でも6%程度。女性管理職率が低い現状ではとても“全員活躍”とは言えない、まずはこれをクリアしなければ、と考えたそうです。
今、女性活躍は全社で取り組む重要なマターですが、つまり、見ているのはその先です。女性活躍の先には、全員活躍がある。一歩先を見据えながら、現状に取り組んでいきたいです
ダイバーシティというと性別、年齢、国籍、障がい者など「層」にフォーカスしがちです。「層」ではなく、「個」を見ることに少しずつシフトしていき、誰もがそれぞれの強みや活かして貢献でき、いきいきできるようになったらいいなと思っています。
「やはり女性ばかりフォーカスしないことが大事。いろんな”個”が集まるから価値がある」
—「女性管理職」という言葉に違和感があるのは、F30プロジェクトも同じです。その言葉自体がなくなるくらい、当たり前になる2030年を目指しているのですが、そのために必要なことはどんなことでしょう?
種橋さん:
今回の取り組みに対して、弊社の男性から不満が出ていないというのは、よくよく考えると、男性を対象にした研修も設定されているからだと思います。今後の自分を見つめ直す機会が性別問わずあるんですよね。だから、やはり女性ばかりにフォーカスしないことが大事ではないでしょうか。
流郷さん:
先ほどお話ししたような「個」が活躍できる環境になるためには、一人ひとりのメンバーをしっかりと見る必要があると思っています。話さないと、その人の持ち味はわからないし、本当はどうありたいのかもわかりません。
カルビーで2019年から1on1に取り組んでいるのは、そういう考えから。自分のやりたいことや意見をしっかりと言える土壌(心理的安全性)が組織に根付いていないと、ダイバーシティは成立しません。いろんな「個」がいる状態から、いろんな「個」が集まるから価値があるという土壌へ。すぐには到達できないかもしれませんが、そこを耕し続けることが大事だと思います。
—「女性活躍」はゴールではなく、誰もが活躍できる組織や社会を目指すうえでの過程であり、でも今は目の前に迫った課題でもありますね。今日はいろいろなお話を伺って、頭のなかが整理されました。ありがとうございました!
<お話を伺った人>
取材・文:武田 明子/撮影:田中 亜玲