私は「言葉」を知らない女です。上司が難しい言葉を使う人なので辛い……。【ライムスター宇多丸のお悩み相談室393】
✳️今週のお悩み✳️
いい大人が何を言ってるんだ?と思われそうで恥ずかしいのですが、思い切って相談させていただきます。私は「言葉」を知らない女です。勉強もそこそこでしたし、読書もそれほどしないで生きてきたからか、熟語やことわざなどをあまり知りません。これまではとくに問題なく生きてきたのですが、2月のはじめに転職しましたら、上司になった人が非常に賢い方で、難しい言葉を使う方でした。いちいちそれどういう意味ですか?と聞くわけにもいかず、あとで覚えているかぎりはググったりしていますが、このままでは辛いです。宇多丸さんは言葉をよく知っている方だと思いますので相談なのですが、難しい言葉をなるべく早く覚えるにはどうしたらいいでしょうか。バカな質問ですみませんが、本当に悩んでいます。どうかアドバイスいただけたらと思います。
(コップのがけっぷち子・34歳・大阪府)
宇多丸:
たぶん僕は、どっちかというと明らかに、その上司寄りなしゃべり方をするタイプなんでしょうけど。
たとえば、ラジオの映画評などでは半分決めゼリフ風になりつつある、「事程左様に」とかね(笑)。
文章では読んだことあるけど口に出して言う人に初めて会ったよ!って、最初はすごく驚かれました。
こばなみ:
この連載でもたまに出てきますね。
宇多丸:
僕としてはことさらに「難しい」言い回しをしたつもりもないんだけど、たしかにちょっと文語的な表現ではあるし、要は公の場でのパフォーマンスとして、あえて堅めの言葉を放りこんで引っかかりを出す、というような意図も多少はあるかもですね。
……という立場から答えるなら、まずは単純に、わからなければ聞けばよくない?と思うけど。
まともな大人ならそこで、「そんなことも知らないの?」とは、まずならないと思うんだけど……、でもまぁ、それも程度問題ではあるか。
「オレもつい焦って、右往左往しちゃってさぁ」「う、うおーさおー……?」「えっ、そこ?」みたいなことも、ありうるかもしれない(笑)。
ただじゃあ、どこまでを常識ラインとするかの基準だって、人によりけりなわけだからなー。
僕だってもちろん、よくわかってない言葉のほうが多いくらいだし、これが一番恥ずかしいパターンだけど、ちょっと勘違いしたままわざわざ難しげな言い回しをしちゃってたりすることもちょいちょいありますからね。思い出すだに「ぎゃーっ!」となるやつ(笑)。
だからまぁやっぱ、知らないことは素直に人に聞く、という、究極の基本形に優るものはないってことじゃない?
よく「道が聞けない男」なんて言いますけど、自分の無知に対して見栄を張るってことほど愚かなこともないですからね。
コップのがけっぷち子さんは「いちいちそれどういう意味ですか?と聞くわけにもいかず」って言ってるけど、その場で話の腰を折るのが気が引けるなら、別にあとから聞き直せばいいだけの話だから。
というか、現時点ですでに、わかんなかったワードをおぼえといてググって……、なんてことまで自主的にやって、ちょっとずつでもレベルアップしてるわけだから、その姿勢でぜんぜんいいんじゃね?って気もするんですけど。
その上司に対してのイメージも、日々知らないことをいろいろ教えてくれてありがたい、というようなところに、フォルダ移動できないですかね?
こばなみ:
今のやり方もいいよってことですよね。
宇多丸:
いいし、質問ももっと堂々と積極的にしてくとか、とにかく「知らない→聞く→学ぶ」というプロセスを、完全にポジティブなものとしてとらえるべきなんだと思いますよ。
恥ずかしいことでもなんでもない、どころか、これがきちんとできない人こそが真の意味で問題なんですから。我々全員に言えることだけども。
それにさ、熟語やことわざって、要はほとんどが故事由来だから、現代の我々の生活実態からはかけ離れた表現ばかりで、いきなり聞いてピンとこないのも、当たり前っちゃ当たり前なんですよね。
日常的に語彙として使ってたとしても、正確な意味をちゃんと説明はできないって人、普通にけっこう多いんじゃないかと思いますよ。
たとえば、「四面楚歌」はわりとみんなよく使うほうだろうけども、まぁ「まわりみんな敵!」みたいなことでしょ? みたいなざっくりした認識で済ませてる人のほうが、むしろ大半だったりするんじゃない?
こばなみ:
とのことです。
ひょえーっ。項羽とか出てくるとは!? ぜんぜん知りませんでした。
私、ダメだ。ほにゃっと感覚でしかわかんない四字熟語、たくさんありますわ……。
宇多丸:
まさしく「事程左様に」(笑)、画数多めなワードを華麗に使いこなしてるように見える人たちだって、いざ突っ込まれるとホントはあんまりよくわかってない、というようなケース、実はたくさんあるはずですから。
「それってどういう意味ですか?」って聞き返されると、意外と使ってる側もドキッとするとか、僕もすごく思い当たるもの。
なんならちょっとだけカッコつけようとしてもいたのを、見透かされたー!って気分になること、ちょいちょいありますよ(笑)。
なので、コップのがけっぷち子さんがコンプレックスを感じてしまう気持ちもわかるけど、すべてを知り尽くしてる人なんて存在しない以上、謙虚に学んでゆこうという姿勢がある限りは、実際のところ恐るるに足らず!なんですよ。
こばなみ:
バカだと思って自分を卑下する必要なんてないってことですよね。
宇多丸:
無論です!
そもそも「豊富な語彙」って、ある事柄を適切に伝えるために使う、あくまでコミュニケーションツールなのであって、「難しそう」だから偉いとか、そういうもんじゃないですし。
一般的にはむしろ、同じことを伝えるなら、平易な表現をするほうがずっとハードル高いと思いますよ。
もちろん、熟語や専門用語のほうがよりその人が伝えたいことにビシッとハマったり、簡潔にまとめられる局面、というのも当然多々あるわけで、それはそれで意義があるというのは言うまでもないことですが。
逆に、たとえば極端な若者言葉で話されたりすれば、僕らだって「それってどういう意味?」ってなりかねないわけでしょう。
こばなみ:
わからないのいっぱいありますよ!
あと、ビジネス用語とかもわからないのが出てきたらちょこちょこ調べてその場をしのいでますよ!
宇多丸:
ね。
最初からすべての言葉を知ってる人もいない以上は、別に聞けばよくね?と僕は思うんですけどね。
そもそも「難しい言葉」っていう括り方がよくないのかもしれないですよね。
漢字の画数が多かったり横文字だったりすると「難しい」と感じるのは、単にその時点でその人がそれらに触れ慣れていない、使い慣れていないから、というだけで、その言葉が示す概念が理解しがたいかどうか、というのとは、また別次元の問題だと思うんですよね。
で、たぶんだけど、その上司が口にする難しげな言葉たちも、とはいえ日常業務のなかで出てくるくらいなんだから、「概念として難解」なわけじゃなく、意味さえわかっちゃえば別にどうってことないレベルのものである可能性が、やはり高いんだろうと思うんですよね。
その程度のことは、さっさと聞けば済むし、調べりゃ済む!って話だと思いますよ。
こばなみ:
ここまで話してきて、コップのがけっぷち子さん、じゅうぶん意欲的な人だと思うんですけども。
宇多丸:
そうだね。
平均よりは明らかに勉強熱心なほうだと思うし、いろいろ学べる賢い人が上司でよかったね、とは今からでも思えないですかね?
だいいち、言葉を知らない女ですって言うわりには、こんな立派な文章を書いてるじゃない! 知性の欠如をこの文章からはまったく感じませんが何か? 賢さしか感じませんが何か?
知識はただのツール。語彙ももちろんツール。
ツールは多いに越したことないけど、問題はそれをうまく使いこなせるかどうかなんだから。
知識の多い少ないは、知性のベースを豊かにはしうるけど、知性そのものではないんですよね。
ただ、こういうこと言うとすぐ、じゃあ知識なんかなくてもいいんだ!って人が出てきちゃうかもだけど、それはそれで違いますから。
同じタスクに挑むにしても、ツールなしの丸腰で行くほうが、より大変になるのは明らかですよね。
勉強しないで済んで楽だと思ってるかもしれないけど、そっちのが絶対苦労するから!ってことなんですよ。
たとえば、最強の言葉の達人なら、子どもでもわかるワードばかりで、最新の科学理論や哲学を、説明しきっちゃうかもしれない。しかし、伝えようとする概念自体が入りくんでいる場合、そっちのがずっとずっと面倒なことになるのは目に見えているから、普通はやはり、ある程度は基礎的な説明をすっ飛ばせるような、それ用の用語が必要になってくる。
つまり、それらは一見「難しい」表現たちに見えるかもしれないけど、実はむしろ理解を簡易に、容易にするための手段、道具でしかなくて。
単純に使い方さえ知ってれば、何これ便利! ついつい多用しちゃう!というような。
とにかく語彙というのは、そういうものだと思いますよ。
怖がることはぜんぜんないです!
こばなみ:
結局、語彙はツールであるっていうのが、案外多くの人に抜けている考え方なのかもしれないですね。
なるほど、私もわからないことはどんどん知ってる人に聞いていこう!と改めて思いました。
それでパワーアップしていけば、結果、万々歳ですしね!!