海外留学でPhD(博士)を取るのをやめると言い出した大学院生の彼。将来ある若者の可能性を奪いたくないので、別れた方がいいでしょうか?【ライムスター宇多丸のお悩み相談室360】
✳️今週のお悩み✳️
私には6歳年下の24歳で、大学院に通い研究を頑張っている彼氏がいます。私は、日本の会社で働く普通のOLです。彼はとても優秀で、研究で賞を取ったり、国際的な学会で選ばれて発表をしたりと、将来有望な研究者として色々な方から期待されています。彼は今後の進路として、海外に留学しPhD(博士)を取ることを考えています(6年かかるそうです)。私は、去年9月から彼と付き合いはじめました。お互い「好き」という気持ちが先行してしまい、「1年後か2年後には留学に行ってしまう」ことについて特に考えないまま交際を始めた結果、自分たちの今後について、悩みが出てきています。彼は去年12月、研究成績に問題はないものの、英語力があと一歩で、留学試験を受けるのを1年延長し、英語力を高めることにしました(超一流大学でなければ普通に留学できるそうなのですが、本命を狙うため、この決断をしたそうです)。ですが最近、研究の道に行くのをやめ、起業を考えていると急に言い出しました。理由としては、彼がいる環境的に、海外留学してPhDを取ることが普通なのですが(その先は、研究者として世界的に活躍したり、あるいはGoogleやFacebookなどにエリートビジネスマンとして引き抜かれる)、もとからPhDを取る大変さに対し(最初の数年が下積み的な勉強になったり、好成績を取ることが目的となって好きな研究ができなかったり、そもそも課題の量が日本の比でなくとてもハード)、6年もかかってPhDを取っても、彼にとって研究者になることそのものが夢ではなく(GoogleやFacebook入社も興味がなさそう)、それをしみじみ考えたからだそうです。PhDはあくまで「研究が好きだから、ここまでやりきったら、凄いことだし履歴書にも書ける」という意味合いで、目指していたそうです。彼の言葉だと「PhDはコスパが悪い」とは、前から思っていたそうです。
もう1つの理由が、彼と付き合いだしてからふと、過去に海外へ行ってしまった人と遠距離恋愛をして上手くいかなかったトラウマもあり「海外留学に行くことになったら、関係が続かないだろうから別れる」と、私がぽろりと言ってしまったことです。一方で、彼が起業を考え始めたタイミングと並行して、留学試験とは別に、アメリカの一流大学からすぐに来てほしいというオファーのチャンスもあって、彼はそれを断るのに悩んだりもしました。私にはどうも、彼が「なぜPhDに行かないのか」を説明したり、PhDに行かず突然起業を考えだしたりすればするほど、「本当はPhDに行きたいけど、一方で大変なこともわかるし、何より彼女が『留学したら別れる』って言うので、諦めたい」と、自分に言い聞かせてるようにしか見えません。彼は「どちらかが何か諦めて不本意な人生を送るとか、そういう落とし所じゃない何かがあると思う」と言ってくれているのですが、たかが24歳の恋愛で、留学等のせっかくのチャンスを逃したり、何より、彼自身の優秀な才能が世界で活躍する機会を奪っている気がして、歯痒いです。心では、本当はずっと一緒にいてくれたら嬉しいけど、大人として冷静に「いや、私も原因の1つとなって、彼が成長する機会を奪っちゃダメだろう……」とも思っていて、板挟みの気持ちで苦しいです。
私自身は、今から英語を勉強して、海外で働けるように頑張るか……といわれると、これまでのキャリア的には難しく、挑戦になります。でも、もし別れないとしたら、彼のためにそうした方がいいかな、という気もしています。
また、もう1つのモヤモヤは、彼は上記についてわりと1人で考えていて、私に全貌を教えてくれたのが最近だったということでした。「教えたら、『私がいなかったら迷いなく行くんだろうから別れる』って言われそうで言えなかった」とのことでした。彼にとって良い相談相手でなく、むしろ心労をかけるもとになっているなら、ただでさえ人生の岐路で悩んでいる彼に対し、足を引っ張る形になっていて、彼の相手としてふさわしくないと、つい思ってしまいました。大人として、将来ある若者の可能性を奪いたくないので、別れた方がいいでしょうか。
以上、まとまりのない長文で大変申し訳ないですが、宇多丸さん、こばなみさんのご意見をお伺いできれば幸いです(ちなみに2人で宇多丸さんのファンで、ムービーウォッチメンの課題映画を一緒に観て、ラジオを聞いたりしています!……やっぱり彼が大好きなので、もはや何を考えればいいのか、吐きそうです)。
(市ヶ谷・29歳・会社員・東京都)
宇多丸:
彼自身は一応すでに、自分なりに考えたうえでの答えは出していて、説明も頑張ってしてはくれているんだけど、市ヶ谷さんからすると、単に諦めるための言い訳をしてるだけなんじゃないか、自分はその大きな要因になってしまっているんじゃないかと、どうしても思えてしまうということですよね。
こばなみ:
あと、彼はわりとずっと1人で考えていて、市ヶ谷さんにちゃんと話してくれたのが最近だった、ということにもモヤモヤしているのかと。
宇多丸:
それはでもさ、普通に、まだ考えがまとまる前だから話せない、ってだけのことでもあるんじゃない?
仮に途中で相談されていたとしても、それで市ヶ谷さんの「私のためなんじゃないか?」って不安が解消されるかっつったら、むしろ、彼がとはいえまだちょっと迷ってもいる段階をかいま見ちゃうわけだから、逆に不安が増すだけだったりしたかもよ。
こばなみ:
「教えたら、『私がいなかったら迷いなく行くんだろうから別れる』って言われそうで言えなかった」って言ってますしね。
宇多丸:
つまり、まさに今のこの事態、市ヶ谷さんが「あなたのために身を引きます」とか言い出しかねないという、それをこそ彼は最もおそれていたわけだよね?
そこんとこの彼の気持ちを、もう少し考慮してあげてもいいんじゃないかなぁ。
そもそも、彼の人生において何をプライオリティの上位に置くかなんてことは、彼以外の誰にも決められないことだしね。
たとえばそれこそ、どんなに成功しても、大好きな人と一緒に生きられないなら意味ないとか、わりとすんなり理解できる考え方だと思いますけど。
もちろん、市ヶ谷さんの「ホントにあなたそれでいいの?」って懸念もわかりますけどね。
こばなみ:
相談の最後に「大人として、将来ある若者の可能性を奪いたくないので、別れた方がいいでしょうか」ってありますけども……!?
宇多丸:
彼の話ちゃんと聞いて!って感じだよね(笑)。
だって、さっきも言ったように彼はまさに、市ヶ谷さんがそんなことを言いだすであろうことを一番危ぶんでいたし、避けたいと思っていたわけでしょ。
その意味では、まんまとその通りになっているわけだから、彼は市ヶ谷さんのことを、とってもよくわかってるってことでもありますけど。
ともあれ彼は、少なくとも口に出している範囲では、PhD取得ルートのメリットとデメリットを天秤にかけてこう判断しましたという、すごく筋の通った説明をしてくれていると思うんです。
無論その過程で葛藤がまったくなかったわけではないだろうけど、人生の重大な選択ってそういうものでしょう、なんだって。
どの道にも一長一短はあるし、どっちに行ってもいいこと悪いことやっぱり両方起こりうるし、要は先のことなんかわからないんだけど、それでもその都度納得できるまで考えて、自分の責任で一個一個選びとってゆくしかないわけじゃないですか、我々はみんな。
だからこそその人固有の、その人だけの人生というのがかたち作られてゆくわけで。
こばなみ:
6歳年下だから、みたいな引け目みたいなのもあるんでしょうかね。
宇多丸:
6歳差程度なんかはね、あっという間にないも同然になりますよ!
どうしても心配なら、改めてとことん、話しあってみるしかないと思いますけどね。
この相談に書いてあるような市ヶ谷さんの不安をしっかり伝えたうえで、「それで本当に後悔しないか」と、彼に直接聞いてみる。
彼にしてみたらそんなことは言うまでもなく考えに考え抜いた先の結論かもしれないけど、市ヶ谷さん的にはっきりした言葉があるとないでは大違いなのも当然なので、そこは堂々と要求していいところじゃないですか。
いずれにせよ、市ヶ谷さんがひとりで勝手に彼の未来を心配して、別れるのどうのグルグル思い悩むよりは、間違いなく五億倍建設的だと思いますよ!
最悪、別れるにしたって話し合いはやっぱりしなきゃならないんだからさ(笑)。
こばなみ:
彼が大好きなのならなおさら、そこ素直に話してみて、ご自身も納得したほうがよさそうですね。
宇多丸:
彼はすごくいいことを言っていて、「どちらかが何か諦めて不本意な人生を送るとか、そういう落とし所じゃない何かがあると思う」って、ホントにその通りだと思いますよ。
つまり彼は彼で市ヶ谷さんに、自分のために何かを断念したり我慢したりはしてほしくない、と思っているわけですよ。
だからこそ、まさしくそういう、どちらも比較的損をしない最適の「落とし所」案のひとつを、彼は見つけて提案してるわけでしょ。
それを当の市ヶ谷さんが、結局「夢をかなえるなら別れなきゃ」的な二者択一型思考で、一方的になきことにしてしまうというのは、ちょっと彼がかわいそうじゃないですかね。
その「真意」を邪推したりする前に、彼の言ってること、もっと正面から受けとめてあげてもいいと思う。
市ヶ谷さん、目下はすぐ悪いほうに悪いほうに考えるサイクルに入っちゃってるみたいだけど、そのまんまポジティブに受けとれる面だってもちろん、ぜんぜんあるわけでしょう?
「これからも一緒にいられて嬉しい!」とか、そっちの喜びを今、素直に味わっておくことも大事なんじゃない?
彼の幸せを何より優先して考えようとしている姿勢には本物の愛を感じるし、それはそれで尊い心がけではありますが、その「彼の幸せ」の中には、当たり前ですけど市ヶ谷さんとの関係だって、すでにがっつり含まれているんですよ、きっと間違いなく。
そこを勝手にないがしろにするような考え方はむしろ彼を不幸にするだけ、と考えたほうがいいよ。
市ヶ谷さんの幸せが、今や彼の幸せでもあるんですよ、事実上!
こばなみ:
グルグルと相談文が長くなっちゃったんでしょうね。ドンマイです!
愛し愛されている感じがプンプンして、私はいいな~と思いましたよ!
宇多丸:
それにしてもこの彼の優秀さ、ちょっとただごとじゃないものがありますよね。
「アメリカの一流大学からすぐに来てほしいというオファー」って、どんだけ~!?
まぁそんな彼ですから、自分で考えて道を選んだ以上、どの方向でも確実に、大成功を収めるんじゃないですか。
まぁとにかく、彼が最終的にどのような選択をしてゆくにせよ、「市ヶ谷さんと別れたくない」というのが最優先の条件のひとつであることだけは、どうやらたしかなようですから。
そこは市ヶ谷さんも自信をもって尊重してあげつつ、だったらどういうやり方がベターなのか、一緒にじっくり考えてゆく、ということでとりあえずはいいじゃないですか。
彼にも、もっと腹わってなんでも相談して、私を安心させてほしい!ということは求めていいと思うし……、同じことは市ヶ谷さん側にも言えますけどね。
そうやってコミュニケーションがしっかりとれる、真の「パートナー」にふたりがこれからなってゆけるのかどうか、というのが今回の件の、実は一番のキモなのかなという気がしました。
なんにせよ、いいことになってくといいね!