私は在日韓国人です。数年前から日本でのヘイトに怖いと感じるようになり、日本から出ていく選択をしようと思っていますが、おかしいでしょうか?【ライムスター宇多丸のお悩み相談室301】
✳️今週のお悩み✳️
私は在日韓国人で、数年前から日本での韓国人/朝鮮人に対するヘイトに少しずつ怖いなと感じるようになりました。高校生まで私立に通っていたこともあり、ダブルの同級生などもいて差別を感じたことはなく恵まれた環境だったのですが、公立の高校に通うようになってからはちょこちょこ差別的な発言に遭遇するようになりました。就職してからは、同僚が飲み会でチョンと発言したり、外国人だからと就職を断られたり、私と私の親は税金を払っているのかと確認されたこともありました。そんななか、嫌韓本がひっそりではなく堂々と売られていたり、ヘイトスピーチを行っている団体を警察が囲いながらデモをしていたり、政治家やコメンテーターが韓国人/朝鮮人に対する見下したり差別的な発言をしても、それを誰も咎めない様子が最近は堂々とテレビで放送されていることがとても怖いです。社会全体で韓国人/朝鮮人に対する言葉の暴力が認められてきていると、正直怯えています。生まれ育った日本で家族も友人も私の今までが日本に根付いていますが、いつ日本に住めなくなる状況になるかもわからないと感じ、若いうちに日本に住めなくなった場合のことを考え、少しできる英語を使って海外で仕事をして移住先を見つけようと思っています。いろいろと辛い思いをして今の権利や生活を築いてくれた在日韓国人/朝鮮人コミュニティ全体や祖父母を裏切ってるような気持ちだったり、辛い気持ちから1人逃げている気もしたり悩みます。私自身が親戚以外の在日の友人がいないので、日本人の友達に相談してもピンとこないようで重くなるだけで話しにくいことだったりします。精神的に余裕がなくて、被害妄想で自分を追い詰めていてメンタルがヤバイのかなーとか思ったりもします。こんな風に今の日本を感じて日本から出ていくことを選択する自分っておかしいでしょうか?
(アリサ・31歳・神奈川県)
宇多丸:
まず、言うまでもなく……。
おかしいのはアリサさんじゃなくて、あなたにこうまで言わせてしまった日本社会であり、日本人たる我々のほうですよ。
ただただ申し訳ないし、情けない。
直接的にヘイトなムードが高まるのに関与していなくても、傍観者気分でそれを見過ごしてしまっている、世に蔓延するのを結果として許してしまっているというのは、ほとんど同罪なんだ、と今回の相談を読んで改めて思いましたね。
こばなみ:
放置しているだけで同罪、って本当にそう……。申し訳ないです……。
宇多丸:
だから今回は、アリサさんにどうこうしろっていうんじゃなくて、むしろ読者のみなさんに向けて……、もちろん自分も含めてなんですけど、日本人として、こういう恥ずかしい状態を放置しておいてはいけないよね?と改めて問い直す意味で、取り上げさせていただきました。
もちろんね、積極的に差別的な言動を撒き散らかしてるような連中なんて、ネットや報道では目立って見えるだけで、全体から見ればごくごく少数で、大半の日本人はまだ、そこに嫌悪感を抱く程度にはまともなはずだろうとも思うんです。思いたい。
でも同時に、アリサさんが恐怖を感じる程度にまでそういう声が堂々と鳴り響くような世の中になってしまいつつある、というのは残念ながら事実だし、マスコミ、特に地上波テレビは、それを厳しく戒めるどころか、隣国の政府や国民に対する悪感情をさらに煽るような物言いを嬉々として日々発信し続けてもいる。
で、実際、両国の関係はどんどん悪くなるいっぽう……、少なくとも国家レベルではね。
そんななか、アリサさんがこの国で生きてゆくことに不安や絶望を感じて、それ以外の道を模索しようか、というところまで追い詰められた気分になってしまうのも無理からぬ話で……。
なぜかと言うと、たとえば我々には、最悪の「前科」があるからですよ。
『九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響』という、僕はことあるごとに推薦している、本当に全国民必読だと考えている凄まじい名著があるんですが、ここからわかるのは、さっき言ったような、普段であれば差別的言動にもしっかり嫌悪感を抱くであろう良識ある人たち、要は我々のようなフツーの人々でさえ、知らず知らずのうちに世の中の空気に飲み込まれ、「義憤に駆られて」集団的暴力に加わりかねないのだ、ということ。
もし仮に、再び日本で大きな災害が起きたとき、同じようなことが繰り返されたら……、間違いなくこの国は、二度と世界から相手にされなくなるでしょうけども。
真におそろしいのは、それが今さら決して起こり得ないこととも言いきれない、この現実ですよ。過去の失敗から何も学べない集団には、ロクな未来もないでしょうよ。
そんな世の中、そんな日本は嫌だ!と思うならば、せめて自分のできる範囲のことをしてゆかないと。
たとえば、もし同僚が飲み会で「チョン」と発言するような局面に居合わせたなら、無論勇気は要るだろうけど、まともな人たちはその場でしっかり怒って、諫めるべきだし。
アリサさんのような当事者が同席しているのならなおさら、人としてそれは許しちゃダメな話でしょう。
こばなみ:
けっこうびっくりですよね。今の世の中で同僚がこんなこと言うなんて。
宇多丸:
就職差別の件だって、いまどき信じられない!って感じだけど、まだまだ現実にはあるんだろうねぇ……。
とはいえ近年はさ、SNSの影響力もあって、そういう発言が表に出れば、それなりに問題になるようにもなってきているとは思うんですよ。まだまだ少しずつかもしれないけど。
#metoo ムーブメント以降、これまでは泣き寝入りしたり一方的に我慢するしかなかったような、言わば社会的に容認されてしまっていた不正や非道を、これ以上見過ごすのはやめましょうよ、という方向で、いろんなところから声が上がるようになったわけじゃない?
いやもちろん、その点でも日本はまだまだなんだろうけど……、それでも前よりはずっと、いろんな問題が少しずつでも顕在化しつつはあって、それは間違いなく、世の中の進歩だと思うんですよ。
逆に言うと、心ある人たちが実は相当数いても、黙ったままだったらやっぱり、どれだけ間違ったことを言ってようと、デカいほうの声だけが世に鳴り響くことになる。
せめてアリサさんが「あんなのはごくごく限られた連中にすぎないんだから、大丈夫」と思える程度には、大半のまともな日本人もしっかり意見を表明し続けてゆかないと。
少なくともこの国の中では僕らは多数派であり、強者なんだから。そのぶんの責任がありますよ。
こばなみ:
そういえば、私の後輩が在日一世のおばあさんたちの写真を撮っているんですけど、ヘイトスピーチに対してやめて、こわいというような文を一生懸命書いていました。最近になって日本語を書けるようになって書いた文章がそれっていうのにも、胸が痛みました。
宇多丸:
まず、在日韓国人/朝鮮人の歴史的背景などについて、僕ら一般的日本人が知らなすぎ、学んでこなさすぎ、っていう問題もあるよね。
なにも、堅い本を読まなきゃならないような話じゃなくて、そういうのをわかりやすく語ってくれてるエンターテインメント作品とかだって、いろいろあったりするんだからさ。
たとえば『焼肉ドラゴン』とか、映画版には大泉洋さん、真木よう子さん、井上真央さんなどそうそうたるメンツも出演してるし、基本コメディタッチのホームドラマで敷居も低いので、手始めにいいんじゃないですかね。
もちろん『パッチギ!』という大傑作もありますし。
こばなみ:
宇多丸さんに聞いて『焼肉ドラゴン』、観ました。わかりやすかったけど、またもういろいろ思うことがあり……。でもこういうのを観たら、差別的用語とか思考をしていることが恥ずかしく、悲しくなると思うんですけどね。
宇多丸:
もっとも、まさにその『焼肉ドラゴン』でも描かれている通り、在日外国人に対する差別自体はそれこそ戦前からずーっとあったものだし、なんなら今よりずっと深く、日本の社会に浸透していたかもしれないくらいですよね。
今はむしろ、そこが一応は現代的良識に照らしあわせて問題視されるようになったからこそ、悪例が目立つ、というのもあるだろうし、ぶっちゃけ、日本という国がかつての勢いを失うにつれ、それをシンプルに誰かのせいにしたくて仕方ない層が増えた、というのが大きいと思うんですよね。
どこの国もだいたいそうだけど、差別する側こそが被害者意識に囚われてたりするもんで。
いっぽうで、特に若い世代は、K-POPの影響もあって、韓国の人や文化を、普通にイケてるものとして受けとって、ファッションから何から、ガンガン影響を受けまくってたりするわけじゃない?
僕も、韓国映画の水準の高さには毎度毎度感服させられているわけだし。
そんな感じで、民間レベル、草の根レベルでは、差別意識どころか悪感情も別にない、なんなら日本より全然カッコいいと思ってる、というような人たちが、どんどん増えているのも事実でしょう。
ま、自分の待遇に不満をため込んだおじさんとかは、まさにそここそがイラつきのタネだったりもするんでしょうが……(笑)。端的に、だせえ!
言うまでもなく、先の戦争が遺した禍根は明らかにまだまだ完全清算にはほど遠い状態だし、しょせん国家は国家ですから、お互いダメなところなんてのはいくらでも出てくるわけですけど、国民同士は別にそこと律儀にシンクロする必要なんかなくて、文化交流やビジネスを通じて勝手に理解を深めあって、関係を築いてゆければいいのにな、と思います。
まさに今みたいに、国同士のしょーもないチキンレースに巻き込むのとか、マジ勘弁してほしいの一語でしょ。
こばなみ:
今回は本当に、みなさんに読んでほしいし、まわりの人に伝えても欲しいですね。
宇多丸:
アリサさんの訴えに対して、恥ずかしいし情けないし申し訳ない、できる範囲で何かしてゆかなきゃ、と思ってくれる方が大半であることを祈りますよ。
このまま我々がいろんな差別や不正義を放置し続けたら、そのしっぺ返しは間違いなく僕ら自身に返ってくるはずだろうとも思いますし。それも意外と遠からず。
たとえばさっきの同僚が飲み会で「チョン」と発言したという件にしてもさ、世の中の意識もどんどん進んでるんだから、ひょっとしたらいずれは、放言した当人はもちろんだけど、レイシズムを文字通り黙認した同席者たちまで含めて、さかのぼって社会的に糾弾されて当然、という時代だって普通に来るかもしれない。
セクハラとかが、少なくともかつてのようには、野放しではいられなくなってきたようにね。
国レベルで言っても……、たとえばこのあいだ、難民映画祭改めWILL2LIVE映画祭で、『ミッドナイト・トラベラー』という、アフガニスタンから難民として国から国へと移動していく映画監督の家族のドキュメンタリーを観たんだけど、途中、ブルガリアで、そこそこ大規模なヘイトデモの圧力を受けるくだりがあるんですよ。
もちろんどこの国も政策上難民を無条件で歓迎してるわけじゃないんだけど……、やっぱりここでブルガリアの排他主義者たちが見せる露骨な攻撃性は、本作のなかでもすごく強烈なインパクトを残していて。正直、ブルガリアという国に対していい印象は持てなくなっちゃいますよね。
たぶん本人たちとしては「愛国的」行動のつもりだったりするんだろうけど……、やってることと言えば、女性や子どもに寄ってたかって罵声や脅迫を浴びせかけていたり、なわけですから。
こばなみ:
何もブルガリアに対して思いはなかったけど、それ聞くと最悪って思っちゃいますね。でもそんなふうに日本も……!?
宇多丸:
そうそう。そういうの、日本でもぜんぜん見たことある光景だったりするわけじゃないですか。とても恥ずかしいことだけども。
難民や移民に優しい国とも言い難いですしね。まったく人のこと言えませんよ。
そして、おそらくだけど、ブルガリアのほとんどの人たちも、問題の場面を観たら、そんなのはごく一部の連中なんですよ!って言いたくなるんじゃないかと思うんですよね。
そこもきっと僕らと同じ。
だからやっぱり、そういう良からぬ声のほうが堂々と鳴り響くような状況を、我々も許してちゃいけないんですよ。
沈黙は同意とみなされる、というやつですよ。
ということで、いつかまた、アリサさんたちが生まれ育って良かったと心から思えるような国になれるよう、できることからやってゆきましょうよ。
目の前の差別的言動を許さない、流さない、というのはもちろんだし……、その手の発言を公の場でたれ流したような政治家なんかが改めて当選などしないよう、しっかり参政権も駆使していかなきゃいけない。性差別などと同様に、ね。
そして最後に改めて、アリサさん、本当にごめんなさいね……。
【今週のお絵描き】
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この記事は、女子部JAPAN公式WEBで2019年11月23日に公開したものを再編集し、掲載しています。