保育士11年目、今年度で退職して海外留学するって決めたけど不安に襲われ……。 【ライムスター宇多丸のお悩み相談室131】
✳️今週のお悩み✳️
こんにちは。ときどき相談を送っては結局一人で処理して落ち着いていますが、悩みは尽きない……ということでまた送ってしまいました。私は地方公務員保育士11年目です。通常の担任業務とは異なる役割を任されて現在3年目、担任のときには味わえなかった学びも多く、やりがいを感じていますが、以前からやりたかったことである海外留学の実現のため、今年度いっぱいでの退職を決意し、退職手続きを済ませました。しかし、気持ちは留学に向けて高まっている一方、辞める日が近づくにつれ「本当にこの安定した仕事を辞めてもいいのか?」というモヤモヤが時折襲ってくるのです。留学を決意した理由はいろいろです。学生時代から英語が好きだったこと、長すぎる交際を経て結婚破談になり、自分のしたいことに邁進できる状況になったこと、生まれてから今までこの地で暮らし働いてきたため、外の世界、それも海外に出て視野を広げたかったこと、さらに海外の保育を見てみたかったこと、地方公務員というこの地でしか通用しないような肩書きに優越感を感じる自分がいたこと……、これらを一度でリセットしたかったためです。これまで堅実な考え方、生き方をしてきたため、まだどこか守りに入る自分がいるのだと思います。先が見えないことは希望もありますがやはり不安もあります。が、決めるときに、休職という言葉はまず思い浮かびませんでしたし、もしそれができたとしても、逃げ道を残すようでやはり何か違うなあと思うのです。それが足枷になるような気さえするのです。それに、そうすると今までの自分と同じじゃないかと。このように前向きに血迷った結果、留学への決意は固いのですが、安定した仕事を辞めることへの不安や、帰国後に仕事が見つかるかといった不安をどうしたら解消できるのでしょうか。お知恵をお貸しくださいませ……!
(ピピを・31歳・広島県)
宇多丸:
ピピをさんはさ、すでにここまではっきりと、自分の意志で退路を断って、新たな人生に一歩を踏み出す決断ができてるわけじゃん?
だからたぶん、何かの答えが欲しいっていうよりは、もう少しだけ勇気が湧いてくるように、誰かに背中を押してもらいたい、って感じですよね、きっと。
実際、こんなに思い切った、自分を追い込むような人生の選択ができる人っていうのも、なかなかいないんじゃないですかね。 僕もまさにそうなんだけど、たいていの人は、いずれはああしたいこうしたいというような思いがあっても、結局いつも、人類最大の敵「めんどくさい」( 古谷実の漫画『グリーンヒル』に出てくる名言)にあっさり屈して、わりと小さなことでさえ、実行には移さずじまいだったりするもんでしょ? なのでピピをさん、そこに関してはホントに大したもんだと思いますよ。 ちなみに、留学して何を勉強するんでしょうね。
こばなみ:
「海外の保育を見てみたかった」ってありますけど、最後にプラスして書かれてるところからみると、それが本筋ではないかもしれないですね。
宇多丸:
「学生時代から英語が好きだった」が一番目に来てることから察するに、ひょっとするとまだ、いわゆる語学留学っていう段階なのかな。
細かいことまでは書いてないので違ったらごめんなさいだけど、もしホントにそうなのだとしたら、不安が募るのも当然っちゃ当然ですよね。
外国語習得って、あくまで何かをするための手段であって、それ自体が目的ではないはずじゃん? まぁ、英語の先生になるとかなら別かもだけど。
つまり、もし仮に「とりあえず英語をもっとちゃんと身につけよう」くらいの留学なのだとしたら、それって言ってみれば、今まさに高いところからジャンプしようとしてるのに、着地点が決まってない、もしくは見えてない、みたいなことだからさ。 そりゃあ怖いだろうし、事実リスクもそれなりに高いでしょうね、って話ですよ。
こばなみ:
なかなかチャレンジャーな気もします。
それでも、まずはここから飛び出したい!って気持ちが強かったんですかね。
宇多丸:
それはそれで全然わかるし、アリだと思うんですよ。
万全の態勢を整えてから……なんて言ってると、さっき言ったみたいに人間誰しも基本は腰が重いものだから、いつまでたっても動き出せない、ってこともあるだろうし。
何事につけても、見る前に跳ぶ!ことでしか踏み越えられない一線があるというのも、たしかだろうと思います。
で、さっきは「ジャンプしようとしてる」って言い方をしたけど、ピピをさんは事実上、もはやすでにジャンプはしちゃってるわけですよ。崖っぷちからピョーンと! 退職手続き、やっぱり取り下げてくださーい!ってわけにも行かないでしょ?
ここでね、同じく崖からジャンプするにしても、もうちょい「安心」を担保できるような跳び方だって、当然あったはずなんですよ。 ちゃんと着地点の目星をつけて、そこに到達するにはどれだけの助走と踏みきる力が必要か周到に計算して、なんなら事前に何度かテストを重ねたりもして、実際に跳ぶ際のリスクをできるだけ小さくする……みたいなことも、ある程度はできたはずでしょう?
でも、たぶんピピをさんは、そういう「堅実な」歩の進め方は、少なくともこのタイミングでは、したくなかったんじゃないかと。 それくらい、今までの自分とはまったく違う道に踏み出したい、という部分の決意は固かったってことですよね。
だから、ピピをさんに関しては、いずれにしてもこういうかたちで跳ぶしかなかった、ってことなんだろうと思いますけどね。 そりゃ今は、怖くて怖くてしょうがないだろうけど、その恐怖や不安は、ピピをさんが今回の無謀な--と、あえて表現させていただくけど--ジャンプによって得た、「自由」とか「可能性」っていうかけがえのない価値に必ず付随する、当たり前の対価なんだってことですよ。
こばなみ:
自由と不安って表裏一体ですよね。
宇多丸:
それを言ったら僕も、この27年間ずーっと、着地の見えないジャンプの真っ最中だよ!
怖いし不安、だけど、だからこそ超楽しい~!っていうね。
ま、こっから先どう転んでいくかもわからないんですけども……。
とにかくピピをさんもね、せっかく一世一代の大跳躍に踏みきったんだから、おそらく二度とはめぐってこないこの「可能性がものすごーく開かれている状態」を、もっと積極的に楽しんでほしいですよね。どうせ後戻りはできないんだからさ!
その上で、「不安をどうしたら解消できるか」という問いにも正面から答えを出しておくならば……、それはだから当然、「できるだけ早く着地点を見つけて、そこに向けて態勢を整えていく」ってことしかないですよね。 要は、これこれこういう仕事に就きたいけど、そのためにはこれこれこういう資格が要る、それをゲットするためにはこれこれこういう勉強が必要だ……という ような、具体的なビジョンとそこに至る道筋が描けさえすれば、そこまで宙ぶらりんな気分にならないで済むのは間違いない。
ただ、そこで「着地」を焦るあまり、結局あんまりしっくりこないとこに行っちゃうことになったりしても、本末転倒だからね。 もし、今はまだそれほどはっきりした目標が見つかってないのだとしたら、それをじっくり探すためにこそ、この時ならぬモラトリアム期はあるのだ……くらいに考えといたほうがいいかもしれないですよ。
だってピピをさん、11年目ってことは、20歳にはもう今の仕事に就いてたわけでしょう。 四年制大学の人たちとかと比べれば、早めにオトナにならざるを得なかった部分もあると思うんですよ。 なので、ここらで一度立ち止まって、自分の人生を改めて「選び直す」っていうのも、結構悪くないことなんじゃないかと思いますよ、本気で!
こばなみ:
実際に行動に移すって、なんにしたって本当にすごいなぁって、編集部でも話していました。
私は留学ではないんですけど、大学卒業後に写真の専門学校に2年間行ってたんです ね。昼間バイトしながら夜間に学校通っていて。大学がフジツボ研究だったんで、就職なんてなかったし、進学もできなかったし、じゃ興味あることやろうって 思って、行っちゃったんですけど、何も決まってないし、決めてないし、何が不安かもわかんない状況でした。まわりからも「あんたバカ~?」みたいな感じ。 ただもう後戻りできないから、やるしかない~って、なんだかんだ、毎日写真撮っては現像して、なりふりかまわずやってるのは苦しいこともあったけど楽しかったです。で、写真じゃなくてもいいんだ、雑誌とかフリーペーパーとか、何かが作りたいんだ!ってことがわかって、いまの編集会社のバイトの面接を受けて、そっからこうなったわけですが。 偶然もあったんだと思いますけど、積極的に楽しむ、よくわかんなくてもぐいぐい突き進むと、何か見つかるってこともあるんだなっていうのは、実感しています。
みんなで応援しています! 事後報告も待っていますね。
【今週のお絵描き】
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この記事は、女子部JAPAN公式WEBで2016年1月30日に公開したものを再編集し、掲載しています。