歴史において「日本が1番」という考えの父。賛同できない場合、どのように関わっていけばいいでしょうか。【ライムスター宇多丸のお悩み相談室214】
✳️今週のお悩み✳️
父との関係で悩んでいることがあります。父は歴史の話をすることが好きで、昔から父の話を聞いて育ってきました。私の方もとても興味があったので、積極的に話を聞いたり質問したりしていました。しかし大学進学のため一人で暮らすようになってから、父と歴史観(と言っていいかわかりませんが)が合わなくなってきました。 父はとにかく「日本が1番」な人です。その考えありきで日本や世界の歴史を見ています。そして、そのために日本以外の国の歴史や文化を「それほどではない」と思っているところがあります。私は、論理的に考証していくところが歴史の面白さだと思っています。もちろん日本が1番ということはないし、そもそも歴史に優劣はないです。といっても、私も高校までは父に影響を受けていたので、父と同じ意見でした。これは偏った見方なんだろうなと何となく思いつつ、今ほど気にしていませんでした。しかし、今は父と歴史の話をしていて、父のそういう思想が出てくるとウンザリしてしまいます。せっかく楽しくて面白い話をしていたのに、結局は「日本1番」かよ!となるのです。最近実家に帰ったとき、父が嬉しそうに一枚のコラムを見せてきました。父は小さな専門誌でコラムを連載しています(コラムニストとかではなく、この雑誌でのみ書いています)。父はお金をもらって文章を書くことが嬉しいようで、私にコラムを読んで面白いと言って欲しかったのだと思います。しかし、内容があまりにも父の思想丸出しだったので心配になって「こんなこと書いて大丈夫?」と言い、「なぜこの部分はこう言えるのか」など、父の意見を批判するような形でいくつか指摘してしまいました。すると父は、「限られた人しか読んでいないし、軽いコラムだからいいんだ。自由に書いていいと言われてるし」と見るからに元気をなくしてしまいました。今も父のそのときの顔を思い出して胸が痛いです。私は父の考えを変えたいとは思っていません(そんな知識も技量もないですし、自分が絶対正しいとも思いません)。けれど、父の考えには賛同できません。長々と書いてしまいましたが、考えの違う父とどのように関わっていけば良いでしょうか。父は博識で話も面白いので、歴史の話も基本的には楽しく聞くことができます。父の思想が出てこない歴史以外の話をすればいいのかと思いますが、そうなると飼っている猫の話くらいしかなく、それではあまりにもつまらないです。またコラムを見せられたときのように、父を傷つけてしまわないか心配です。
(ポン・23歳・福岡県)
宇多丸:
これはね、ポンさんにとってはすべてプラスでしかない、ごくごくまっとうな成長のプロセスだと思いますけどね。
つまり、ここに来てポンさんは、完全に「お父さんを乗り越えた」ってことですよ。
お父さんの知識とか、優れたところは受け継ぎつつも、明らかに今のポンさんは、お父さんの言ってることを俯瞰して見て、批判的に相対化できるっていう、一段上のレベルに来てるわけだから。 言ってみれば、蓄積した知識をどう使うかっていう「知性」の面において、すでにはっきりお父さんを凌駕しちゃってる。
で、ポンさんにとってそれは確かに、少なからず気まずかったり、悲しかったりすることだろうとは思うんですけども。 おそらく、ずっと尊敬してきたお父さんでしょうからね。それがいつの間にか、どっちかっていうとわりとアレなおじさん(笑)にしか見えなくなってきちゃった、という……。
こばなみ:
こういうのって歴史の話に限らず、親子でも相違が出てくることは多々ありますよね。
宇多丸:
でも、そういう風に、「親というものを、欠点や愚かなところも当然たくさんある、ただのひとりの人間として捉え直す」って、いずれにせよ人がオトナになるために、普遍的に必要なステップでもあるわけですから。
さらにもうちょっとこっちが成長すると、もはや完全に上から目線というか、「まぁ年寄りだし、しょうがないな」っていう、一種あやすようなソフトさで接せるようになってきたりもするんだろうけども。
ということでね、ポンさん自身に関してはホント、要は「強大な父を倒して、乗り越える」なんていう、いまどき珍しいくらい正統派な成長物語を歩まれてますよねってことで、別になんの問題もないんじゃない?とは思いますけど。
お父さんだって、思いがけず娘に鋭い批判をされてその場ではついしょんぼりしてしまったかもしれないけど、後からでもやっぱり改めて、「あいつも大人になったなぁ」とか、感慨にひたったりしてておかしくない話だと思いますよ。 自分が与えた知識をベースに育った子どもと、そこから先の議論もさらにできるって、こんなに素晴らしいこと、あります?
こばなみ:
議論にちゃんとなればいいですけどね。
宇多丸:
問題は、もし仮にポンさんのお父さんが、本当にそれこそ「自分が絶対正しい」ってところに凝り固まっちゃってて、客観的な検証を受けいれられないような、ポンさんが発展的な議論をしようとしても聞き入れられないような人になってしまっているのだとしたら……ってことだよね。
でも、これって実は、相手が家族かどうかに関わらず、「考えの違う“他者”と、それでもどう関わっていけばいいのか?」っていう、ものすごーく普遍的な問題でもあるんじゃないですかね。
例えば、思想信条という点に関しては実は絶対に相容れないんだけど、普段会う人としては別に全然いい人だったり、楽しい人だったりもするから、それはそれとして、できれば穏当な付き合いを続けてゆきたい……みたいな関係って、世のなかには普通にいっぱいあると思うんですよ。 実際、ここんとこの考え方が相容れないから絶対に付き合わない!っていうような、潔癖なスタンスを貫きすぎるのも、僕はちょっとどうかなと思ってて。
こばなみ:
そうしたら、付き合う人がものすごく少数に限られちゃうじゃないですか。
宇多丸:
そうそう。
そうやって、極端な話「自分と同じ考え」の人ばっかりで周りを固めてゆくっていうのも、それはそれではっきりマズい感じじゃん。
やっぱさ、人それぞれに困ったもんだってところがあるのは承知のうえで……、そのことで口論になったり嫌気がさしちゃったりすることもたまにはありつつ、それでもやっぱり、それがその人のすべてじゃないってのも間違いないんだから、言葉は悪いけどなんとかだましだまし、適切な距離を保ちつつ付き合いは続けてゆく、ってくらいのテンションが、むしろ標準的な人間関係ってもんじゃない?
まぁ、よっぽど性差別的だったり人種差別的だったり、たしかにちょっと、見過せないレベルの言動っていうのもあるとは思うけどね。 そんときはだから、まさにポンさんがお父さんのコラムに勇気を出してしっかり意見したように、その都度ちゃんと、自分なりに諌めてゆくようにするしかないよね。僕なんか学生の頃から年中そういうので人と口ゲンカしてましたけど(笑)。 で、そこでまったく聞く耳を持ってくれないようなら、その時点で改めて、しばらく距離を置くなり、付き合い方を考えてみればいいってことで……、でも、僕の場合は、そうやってある特定のトピックで対立したような人でも、それが理由で完全に関係が切れちゃう、みたいなパターンはあんまなかったかなぁ、やっぱ。
とにかく、他者同士が寄り集まってできてるのが社会というものである以上、そういうもろもろのズレとか、それに対するすり合わせをどうしてくか、場合によっては「知恵としてのスルー」みたいなクッションを入れていくかどうか、みたいなことは、そもそもデフォルトの問題としてある、ってことですよね。 言うまでもなくそんなのは、抜本的に一括解決できるようなことでもないっていう。 そして、親子だってまた、その例外ではないという話で。
こばなみ:
以前の相談で、うちのおばあちゃんが、外国人野球選手に対して罵声を浴びせていてがっくりしました、という話をしましたけど、でもまぁそれでも関係は続きますしね。あと、世代が違うからなのか、母とかもいまだに女性の結婚に対して、しないことが悪みたいなこと言いますよ。私が働いてばかりだから嫁に行けないんだ、とか言うんですけど、は~?とかって口論になりますね。よく険悪になりますけど、だからって関係を断つとかでもないですし……。
なので、そういうのはあるけれど、それは都度、話していくしかない。
宇多丸:
か、話してもラチがあかなくて、お互いストレスが溜まってくいっぽうみたいな感じだったら、親子であろうとそれはやっぱり、互いにある程度距離を取って生きてゆくべき時期が来た、ってことなんだろうし……。
てか、それこそがまさに、親離れ子離れってやつでもあるんだろうから。年齢的に、ポンさんはまさにそのタイミング、ということでもあるんじゃないですか?
なのでね、お父さんの言動で「さすがにこれはねぇな」「公の場でこんなこと言ってるとこの人がバカだと思われちゃう」と感じるような部分に関しては、僕はやっぱり、きちんと意見してっていいんだと思いますよ。 お父さんだって、とは言えひとかどの知識人でもあるのは確かなんでしょうから、慣れてくればもうちょい知的な反応が返ってくるようになりますよ、きっと。
こばなみ:
そう想像してみると、いい親子関係になりそうな感じがしますけどね。
宇多丸:
父娘で議論の好敵手同士になるとか、素敵な可能性もあるよね。
少なくとも僕は、そうやって有意義な言い合いができる関係は、全然いいじゃんと思うので。
あるいは残念ながら、お父さんがひたすら頑ななまま、というケースも考えられるけど……、そのときは、最初のほうで言った通り、頭の固くなっちゃった年寄りを「あやす」モードに移行してくしかないよね。まぁ、むしろ一般的にはそんなバランスの親子関係のほうが、特に年配になってゆけばゆくほど多数派なんじゃないかって気もするので、仮にそうだったとしても、あまり気落ちなどしないでいただきたいけど。
いずれにしても今回のこれは、ポンさんが、親御さんから精神的に自立しつつあることのなによりの証明ですから。 悪いことなどひとつもない!
しっかしお父さん、何を根拠に日本が1番って言い張ってるのか、ちょっと聞いてもみたい気もしますけどね(笑)。子どもじゃないんだから、ねぇ……。
【今週のお絵描き】
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この記事は、女子部JAPAN公式WEBで2017年11月4日に公開したものを再編集し、掲載しています。