仕事がうまくいっていなくて甘えてくる夫。尊敬できないし疲れるばかり……。【ライムスター宇多丸のお悩み相談室142】
✳️今週のお悩み✳️
夫を尊敬できなくなっています。結婚して1年、付き合い4年を経て結婚しました。まだ子供はいません。お付き合い当時から、同じ歳というのもあり、あまりしっかりした頼れる印象はありません。結婚し、夫が事情有って離職。今は再就職先で慣れずしんどいのか、ときどき子どものようなことを言い呆れます。依然あった収入がなくなり、(私もずっと働いていますが)生活費に余裕がないのに、映画や家でテレビゲームをしてのんきすぎて嫌になります。いずれ開業したい、自分で店を持ちたいと言っているのに、修行としての勤め先でちょっとマニュアルが覚えられない、などの愚痴をいう姿は頼りなくみえます。自分自身にも余裕がないせいか、夫のだらしない部分が許せません。ゆっくり私自身も休養すればもっとおおらかな気持ちでいれるかと思いますが……、どんどん私自身も暗い気持ちが増えてきていると思います。頼るというか、甘えられてる印象はあります。詰めが甘い性格が目立ち、今は尊敬できず、夫に対して疲れるばかりです。どう気持ちをもち、なおかつ男をうまく転ばす方法を考えたいです。もう少ししっかりして、男として頼りがいがほしいのです。どう育てていくべきでしょうか?
(エイミー・29歳・京都府)
宇多丸:
「尊敬できない」か……、パートナーに対する気持ちの冷め方のなかでも、実はけっこう重大なほうですよね。
もっとキツい言い方すれば「軽蔑しかけてる」、もしくはもうしてる、ってことだもんね。
こばなみ:
やっぱり、私は一生懸命やってるのにアンタなんでやってないのよ、許せない!とかって気持ちになるんでしょうね。
宇多丸:
ご自分も十分忙しく働いてるってことだから、エイミーさんのイライラもごもっとも。
あとこれ、同い年カップルっていうのも大きいかもね。 前も言ったけど、少なくとも同じ歳だと、確実に男のほうが精神年齢は幼いですからね、それはいくつになっても。 そのくせ、良くも悪くもお互い対等に意地を張り合いがちだから、こういう風にもめたときはとりあえず年上のこっちが大人になって折れるとか、そういうあくまで便宜的な、言ってみれば「カップルを長続きさせる知恵としてのロール分担」みたいなことが、比較的すんなりできづらかったりはするかもしれない。
たださ、旦那さん側にしてみれば、人生のなかで、お願いだから今は助けてくれ、甘えさせてくれっていうような、非常に辛い時期であるのも間違いないわけでしょ? そこで突き放されるんだとしたら、そもそも夫婦って何?って疑問がわいてこないでもないけども……。
でも、エイミーさん的には、彼に同情する気すらもう、あんまりしなくなっちゃってるわけだもんね……。 うーーーん、どうしたらいいんだ、これ?
思うに、夫婦でもカップルでも、パートナーを選ぶときって、みんな普通、相手の「一番いいとき」を起点に考えるもんじゃないですか。 でも、本当に相方的な存在の助けが必要になるのは、実は、「一番悪いとき」のほうなんだよね。 要はその人がドン底にいるときにこそ、手を差し伸べたいと思えるかどうか。 ホントは、特に生涯の伴侶になるような相手は、そっち基準で選ばなきゃいけないのかもしれないよね。
で、エイミーさんはどうやら、そうじゃない人と結婚してしまった……のかもしれない。
こばなみ:
良いところしか見てなかったのかな。
宇多丸:
いやでも、「お付き合い当時から、同じ歳というのもあり、あまりしっかりした頼れる印象はありません」ってことだから。
彼がこういう人だってことは前からわかってるつもりだったんだけど、結婚後も、あまりの成長しなさにいいかげん堪忍袋の尾が切れつつあって……ってことじゃないですかね。
あのさ、『ブルー・バレンタイン』っていう映画、観たことある? 以前この連載でも触れた『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』とも双璧を成す、近年の暗黒夫婦ものの傑作なんですけど。
あるカップルが恋に落ち、障害を乗り越えて結婚するまでのラブラブ期と、結婚してすっかり倦怠期に入った二人が、ついに決定的な別れを迎えることになるある一日を、交互に見せていく作りが特徴的で。 要は、恋愛における「一番いいとき」をのぞき見てほっこりしたその直後、「一番悪いとき」の冷え冷えした空気をいちいち突きつけられて、その落差で余計ズーン来るというね。 画面の構成やトーンも対照的になるよう、実はものすごく計算されて撮られてるし、何しろライアン・ゴスリングの「ビフォー/アフター」の容姿の変貌が凄まじい!
あと、すべてが終わったあと、エンドロールで花火とともに文字通り炸裂する「最も幸福だったころのふたり」の姿がまた、超絶美しいだけに切なすぎて……、同じような仕掛けの倦怠期夫婦ものだと、『いつも二人で』とか『ふたりの5つの分かれ路』とかの優れた先行作品もあるんだけど、特にこの『ブルー・バレンタイン』は、観る者の感情を揺さぶる、その振れ幅の容赦なさがハンパないんですよね。 ま、詳しくは、僕が公開当時ラジオでやった時評がネットのあちこちに転がってると思うんで(笑)、興味ある方はぜひそちらも聴いてみていただきたいんですが。
でね、この映画、なんで夫婦の仲がここまでこじれちゃったのかっていう具体的な理由とか過程は、劇中ではあえて描かれないんですよ。 でも、観てくうちに気づくことがひとつあって……、夫に完全に愛想を尽かしつつある妻が、夫に対して「アンタのこういうとこがホッントに嫌!」って思ってい るもろもろの要素って、実は、恋愛初期に「あなたのこういうところが好き!」って感じてたのと、まったく同じ部分だったりするんだよね。 つまり、出会った頃には「いたずらっぽくてユーモアがあって、ほかの人とは全然違う感じがステキ!」って思ってたんだけど、結婚して年月が経つと、彼のま さにそういう部分こそが、「肝心のときにもカッコつけたりふざけてばっかりで、つまるところ社会に適合できないダメ人間じゃん!」と感じられてきちゃったっぽいっていう。
これ、どんな人間関係にも大なり小なり当てはまる、普遍的な真実だと思うんですよ。 ある人の長所が、そのまま短所の裏返しでもある、その逆も然り、っていうのは。
エイミーさんもさ、ひょっとしたら、彼の頼りないところみたいなのは、以前はそれほど気になるような欠点とは思っていなかった、どころか、むしろ可愛く感じる部分だったりしたんじゃない? でも、年月が経って、エイミーさんがうっすら期待していたような成長や変化も彼にはまったく見られず、エイミーさん自身も忙しく働くうちに余裕がなくなってくると、彼のそういう未成熟さ、甲斐性のなさは、苛立ちのタネ以外のなにものでもなくなってきちゃった。
こばなみ:
なんかそれ、わかる気もしますねぇ。最初は人と違っててカッコイイ!って思ってたところが、なんて協調性がない奴なんだとかって嫌になったことがあります。
そして自分も、笑わせたりするところがお茶目だなんて言われていたけど、最後には「うるさい、もうふざけなくていいよ」みたいに言われたこともある(苦笑)。
宇多丸:
まぁ、付き合いが長く深くなるにつれて、相手の理想的な面ばかり見てるわけにも行かなくなる、っていうこと自体は、恋愛に限らず、あらゆる人間関係において避け得ないことじゃない?
それより大きいのは、そこで減点法的にしか相手を見られなくなってしまうのか、それとも、そんなマイナス面含めてその人らしさとしてある程度は受け入れて、加点法的に付き合っていけるかどうか、って違いなんじゃないかな。 減点法で行ったら、そりゃあ当然、マイナスが累積してくいっぽう、好意や敬意を大幅に上回ってしまうのも時間の問題でしょうからね。
でもさ、さっきの「人の長所と短所は同根」説って、逆に言えば、相手の好ましくない言動のなかにさえ、その人が本来持ってる美点のかけらを見出すことはできる、ってことでもあると思うんですよ。 「頼りない=ムカつく!」ってだけじゃなくて、「でもこの頼りなさも、生来ののんびり屋さんゆえと考えれば、やっぱりどこか可愛くもあるんだよな……」とか、ほんのちょっとでも思えるかどうか。
で、その違いが一番出るのはやはり、二人のうちどちらかもしくは両方が、人生における「谷」に直面したときなわけでしょ。 エイミーさんの夫が今まさにそうだけど、いろんなことがうまく行かないせいで、人してちょっと腐り気味というか、その人の個性が悪い方向に出がちな時期。
そこで減点法的に接してれば、「コイツ、嫌かも!」がさらに加速してくいっぽうなのも当然で。 しかも、向こうだってその険悪な空気に応じて、もっと態度を悪化させていったりもしかねないだろうしさ。 そういう悪循環が行くとこまで行けば、最悪、見放すとか別れるしかなくなるかもしれない。 エイミーさん夫婦は、今まさにその方向に進みつつあるわけですよ。
でも、同じ状況に置かれたとしても、「この人が最近こんな風になっちゃってるのも、このところ辛い思いをしすぎてつい甘えてしまってるだけで、本来はやっぱ りとても素敵な人なんだってことも、私にはよくわかってる……、なにか力になれればいいのだけれど」とか、常に好意的に考えてあげられるパートナーの在り方 というのも、もちろんある。
要はやっぱり、どっちかが辛いときに、一緒にいることでむしろ苦痛を倍増させてしまうようなカップルなのか、それとも、痛みを分かち合って半減させようと思える関係なのか、ってことだよね。
ただこれねぇ……、誰だって後者が望ましいって言うに決まってるんだけど、だからって、努力してどうこうするのにも限界がある話って気もするしなぁ。 さっきも言ったけど、そもそも、そういう風に思えるほど「それでもやっぱりこの人が好き!」な相手なのかどうか、の問題なのかもしれないから……。
ひとつだけ間違いないのは、人にネガティブに接したら、そりゃネガティブな反応しか返ってこないよ、ってことですよね。 夫からなにかポジティブなリアクションを引き出したいなら、エイミーさんもポジティブに接するしかない。あくまで、エイミーさんがその気になれれば、の話だけどね。
それこそ「男として」もっとしっかりしてほしい、頼りがいがほしいって言うんなら、まずはやっぱり、目下ズタズタになっているに違いない彼の男性的プライドや自信を、なにはさておき取り戻してもらわないことには始まらないわけですよ。
彼だってたぶん、自分がいまダメダメなのは重々承知だし、エイミーさんに対する負い目も、実はムチャクチャ感じてたりするんじゃないかなぁ。 わかっちゃいるけど、ついつい逃避しちゃってる状態。それくらい辛いんだってことでもあるだろうし。
そこで、エイミーさんからすればそんなのただの甘えにしか見えないっていうのは圧倒的に「正しい」んだけど、もともと落ち込んでる人に、そういう逃げ場のな い正論を振りかざして追い討ちかけるようなことしたら、さらに立ち直りが遠のくだけ、逆効果なのは明らかだと思うんですよね。
たとえば、 ハッパをかけるにしても、ホントにやる気を出してもらいたいなら、「今は大変な時期だろうけど、あなたにはできると私は信じてるし、応援してるから、一緒 に頑張ろう!」とかなんとか、とにかくベースに絶対の愛情と信頼があるんだということを確信させるような、彼としてもなんとかそれに応えたい、応えな きゃ!と思えるような言い方、いくらでもできると思うんですよ。
でも、もし仮にエイミーさんの気持ちが、「なんで私だけがそこまでアイツのこと考えてあげなきゃいけないわけ?」としか思えないところまですでに冷めきってしまってるのだとしたら……、お二人がパートナーでいることの意味も、今となってはもう、あんまりないのかもしれないですよね。これはもちろん、エイミーさんを責めてるんじゃなくてね。 そこまで行っちゃってるのがはっきりしてるんなら、お互いのためにも、別れるっていう選択肢ももちろんナシではないと思いますよ。
こばなみ:
結局、エイミーさんだって彼と一緒にいるのが辛くなっちゃいますもんね。
女子部員さんからも、意見が届いていますよ。
宇多丸:
まぁ皆さんやっぱり、そんな感じになりますよね。
とにもかくにも、「男らしい」方向に夫を育てたいって言うんなら、まずは彼の自信と、プライドを回復させてあげるのが先決! 「男を立てる」とかってよく言いますけど、要はそういうことですよ。 ざっくり言えば男なんてのはだいたい、おだて上げときゃ胸張りだすんですから。そんなに難しいことじゃないよ! ま、そしたらそしたで、今度はす~ぐまた調子に乗り出したりして、それはそれで腹立たしく感じられたりすることもあるかもしれませんが(笑)。 結局はやっぱ、そういうとこすらも可愛らしく思えるか、なんだよなぁ……。
ちなみにね、さっき言ったような、常に基本、加点法的に考えられる人間関係っていうものの基礎にあるのは、僕はやっぱり、「友情」だろうと思うんですよね。
いくら最初は性的に強く惹かれた相手でもさ、付き合いを続けてくうちに自然と友情的な思い入れが生じてこないような人だと、いずれマイナス面とかは必ず見えてきちゃうわけだから、そこから先、「好き!」が長続きしないと思うんだよなぁ。
逆に、たとえば親友が、ある時期やたらと腐って愚痴っぽくなってたりして、はっきりダメ人間寄りになっていたとしても、しょうがねぇなぁって感じで、苦笑しつつも付き合ってあげるもんじゃない? なんならふたりで日頃の鬱憤を吐き出しあって、最終的には、そんなクソな世の中や人生に負けないようお互い頑張ってこうよ!って、励ましあったりさえできるわけでしょ?
仮にも「パートナー」だっていう二人なら、本来ならそれくらい、どっちかが弱ってるときは助けあえる関係であってほしいもんですけど……。
とりあえずエイミーさんは、「もしも自分が今の彼と同じような人生の“谷”に落ち込んでしまったとしたら、そのとき自分なら、夫にどう接してほしいか?」というのを想像しながら、改めて彼との関係を見直してみてはどうですかね。 それでもやっぱり同情の余地なし!っていう結論なら、それはもう仕方ないもんね。 じゃあなんで私たちは一緒にいるんだろ?ってとこから考え直してみたほうがいいかもね……。
【今週のお絵描き】
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この記事は、女子部JAPAN公式WEBで2016年4月16日に公開したものを再編集し、掲載しています。