目に見えた成果が得られないなかでもがんばり続けるには? 漫画家志望の28歳です。【ライムスター宇多丸のお悩み相談室330】
✳️今週のお悩み✳️
ヘボ漫画家志望の28歳です。質問は、なっかなか!目に見えた成果が手に入らないなかでも心乱さずがんばれるものの見方などありましたら教えていただきたいです。大学卒業後3年間、公務員をしてその後に田舎から出て関東でフリーターに。編集さんと何度もネームのやり取りを続けプロまではあと三歩とのこと。今は実家に戻っています。もっといろいろできたんじゃないかと、今さら暗澹としますが、そのときはそのときで時間を費やしても報われない漫画、冷たい編集(笑)、将来や経済的な不安、慢性的な寝不足、自分よか若い人がどんどんデビューしていく……、妹が婚約する、ヒット作が全部憎い。社会的に寄る辺がない、無視しても自分を鼓舞しても行動力になる心の力がギリギリだったのです。でもやっぱり、漫画家になりたいというか、人生の時間を大手を振って漫画を描き続けたいので(笑)。まぁ親には現実見ろとも、公務員に戻れ!とも言われますが、就職して安定を手に入れて、もう一度がんばりたいと思ってます(今はただのニート)。そこで、形として報われない日々を自分の感情に引っ張られずにがんばり続けるための、ものの見方のようなアドバイスをぜひお願いします!
(こばやし・28歳・奈良県)
宇多丸:
最近は、編集部に持ち込みを続けて雑誌デビュー、みたいな昔ながらのルート以外にも、自分でネット上に発表していたものが評判になって……みたいなパターンも増えてますよね。
あと、音楽活動に関する相談のときに言ったけど、みなさん意外とほかにもカタギの仕事というか、メインインカムを確保しながらやってたりもするもんだし、そこはたぶん漫画も同じだったりしないかなぁ、と思うんですけど。
つまり、どんなかたちであれ創作を続けることはできるし、昔よりは発表の場もチャンスもバリエーション豊かにはなってきているはずなので、問題はやはりもっぱら、自分自身のモチベーションをどう維持~向上させてゆくか、ということなわけですよね。
こばなみ:
就職してもう一度がんばるにあたり、ものの見方のアドバイスということですが。
宇多丸:
いろんな業界に必ずいる、遅咲きの人のキャリアを調べてみて、勇気を出すのはどうですかね?
たとえば、映画監督の故・森田芳光さんは、若くして頂点を極めたようなイメージがあるかもしれないけど、30歳で言わば背水の陣的に劇場用長編デビューを果たすまで、名画座でもぎりをしながら実験的な自主映画をずっと作っていて、同世代やさらに若い作り手がどんどんプロとして脚光を浴びていくのを、歯がみしながら横目で見ていた、という時期も実はがっつりあったりするわけですよ。
詳しくは、目下作業を進めている森田さんの全作品解説本をいずれ読んでいただきたいですが……、とにかくあの森田芳光でさえ、28歳の時点では、自主制作映画界ではそれなりに活躍していたとは言え、自分が考えるスタートラインのはるか手前で、出遅れてしまったという焦りに苛まれていたりしたんですよね。
ちなみに僕の28歳も、1997年ということはライムスターとしての活動がようやく軌道に乗りかけていた時期とは言えるけど、大学を6年かけて出たのに就職もせず、ライター業でわずかな収入を得つつの実家暮らし、当然先の保証なんてなにもないですから。
親は正直、相当心配というか、「あーこうなっちゃったかー……」って感じだったろうと思うんだけど。ま、うちは全員気質が自由人なんで、何かとケツを叩かれるというようなことは特になくて、それは助かりましたけど。
とにかく、まともな職に就いたことがないという点では、こばやしさんよりつぶしが効かない28歳だったとも言える。実際、すごく荒れた気分にもなりがちな日々でしたよ。
こばなみ:
その時、やり続けるモチベーションは何だったんですか?
宇多丸:
ライムスターも最初の5、6年はまったくと言っていいほど評価がついてこなかったグループなんだけど……、まぁやっばり、目の前の小さな手ごたえの積み重ねかなぁ。
それでもライブをやれば盛り上がってくれるお客が何人かでもいるとか、ほかのラッパーがちょっと褒めてくれたとか。
で、「やっぱオレたちのやろうとしていることは間違ってないんだ!」と、改めて自分を鼓舞する、みたいな感じ。
ひとつ大事かもしれないのは、その「やろうとしてること」に、最低限自分自身がしっかり確信を持っているということ。
そしてそのベースには……、これは何かクリエイティブなことをやろうとするような人には必ずそれがあったほうがいいと思うことなんだけど、「とは言え、いま世に出ていて人気があるようなものには納得できない」という、強い不満があるべきだ、と僕は思うんですよね。
だって、すでに発表されていて支持もされてるものに自分も満足しきっちゃってるなら、新たになにか付け加える必要も、需要もないわけじゃないですか。
要するに、「自分が本当にいいと思うものはまだ作られてない、だから自分が作るしかない」っていう。
それは勝手な思い込みでぜんぜんいいんだけど、とにかくそういうのが、すべての作り手のモチベーションの根本にはあるべきだと、僕は考えていますね。
こばやしさんも、既存の漫画に対する不満、いま売れているものに対する自分なりの批評的視点、「私ならこうするのにな」という部分は、常に絶対、きっちり言語化できるレベルで、抱えていたほうがいいと思う。
それが創造のエンジンになるんだから。
もちろん、それとは別に、現状力量が足りていないために、自分自身理想とするような表現がまだできていない、という壁は当然立ちふさがってくるわけだけど。
偉そうなこと言うわりに実際にはぜんぜんできてない自分にがっかり、の繰り返しは間違いなく待っている。地獄ですよねー!
でもとにかく、前提としてその理想とするビジョンがなければ、だいたいどの方向に努力すべきかさえ、見えてこないわけだから。
たとえば僕だったら、最初期は日本語ラップの技術的確立と普及、ということそれ自体が巨大な目的たりえたし……。
今だって、もちろん僕なんかよりうまいラッパーかっこいいラッパーは山ほどいるわけだけど、本音の本音を言えば、いち受け手としていいと思うものと作り手/演じ手としてよしとすることにははっきり隔たりがあって、自分がやるならこういう言葉選びはしたくないなとか、こういう発音やフローはしたくないなとか、いろいろこだわりが出てくるもんでして。
たぶん、僕が本当に心から美しいと思える日本語ラップというのはやはり僕自身が作るしかないんだろうな、と思うし、その美意識というのはいまだにほかの人にはあまり理解されてないかもな、とも感じる。
当然それは僕の技術が理想に追いついてないせいでもあって、自分にはなにが足りてないのか、現状ウケているものの分析含めて、問い直しや鍛錬は欠かせないわけだけど。
こばやしさんだっていっぱいあるでしょ? 他人の漫画を読んでいて、読者としては大ファンだし人気があるのもわかるけど、自分でこれはやりたくない、というパターン。
で、それとは違う自分がやりたいことというのも一応はあるんだけど、まだいまいち、それをうまく表現しきれていないのもたしかだったりして。
編集さんが指摘されているのも、それに近いことだったりするんじゃないですかね?
とにかくなんにせよ、根本の部分では「ちゃんと自分が自分の一番のファンでいる」的なことが、創作を続けてゆくうえでは絶対必要だろうと思うんですよね。
こばなみ:
自分にしかできないことはこれだ!っていう確信をモチベーションに、ということですかね。
宇多丸:
ただ、とは言え他者からの評価をあまりにもまったく得られないままだと、その確信を保つのも難しくなってきちゃいますよね、やっぱり。
実力はあったのにいまいち目に見える結果がついてこずやめてった人も、いっぱい見てきたからなー……。
最初はごく少人数でも、近しいところでもいいから、ちゃんと褒めてくれる人を見つけるというのは、意外と大事かもしれない。
まぁ、「編集さんと何度もネームのやり取りを続けプロまではあと三歩」ってことは、箸にも棒にもかからないってことはないはずだからね。
できれば、今の時点でのこばやしさんの作品のいい部分、伸ばすべきところ、というのもしっかり聞いといたほうがいい、というより、ちゃんとそういうことも言ってくれる担当についたほうがいい、とは言えるかなと。
あとさ、収入を得つつ「大手を振って漫画を描き続け」るという意味では、わりと古典的コースでもあるだろうけど、誰かすでに売れてる人のアシスタントに就いて経験を積む、というのはこばやしさん的にはナシなのかな? 素人意見かもしれないけど。
さっき言ったことと表裏一体な話なんだけど、あまり「自分」という殻に閉じこもってしまうのも、それはそれで進歩がなくなってしまってよくないので、すでにひとりでやれることはやったという感じなら、外で修行してくるというのはひとつの有効な手かとも思いますが。
しかしまぁ、僕の限られた知見内でいろいろ偉そうなことばかり言って申し訳ありませんでしたが、特に日本の漫画家さんって、普通のクリエイターの何倍もの負担が集中する、大変なお仕事だと思うんですよ。
お話をつくって絵も描いて……って、映画で言えば、脚本監督出演その他、ぜんぶひとりの人間が兼ねてるようなもんじゃない?
こばなみ:
本当にすごいと思う!
宇多丸:
言うまでもなく競争も熾烈だろうし、そんななかで「独自のビジョン」を今から打ち出すなんて、至難の技ではあろうと思うんです。
でも、こばやしさんならそんなことはすでに百も承知でしょうけど、オリジナリティや個性なんてものは、無茶を承知で一歩踏み出して、とにもかくにもひたすら数をこなしてゆくなかでしか、本当には見つかりようもないものでもありますからね。
つまり、ビジョンと鍛錬、この両輪なんでしょうね。
考えて試して失敗して、分析してまた試す。この繰り返ししか結局ないんだと思いますよ。どの分野でもきっとそうでしょうけど。
こばなみ:
ビジョンと鍛錬! 私も元気が出てきました。
宇多丸:
早く成功したからいいってもんでもないしね。
最初からできあがっちゃってる人はできあがっちゃってる人で、うまく行かなくなったときの対処の仕方を知らないとか、それ以上伸びしろがないとか、慢心してポカしたりとか、ハマりやすい落とし穴、たくさんありますから。
こばなみ:
でも、28歳なんて、まだまだこれからじゃないですか!
宇多丸:
ですね。
焦るのはわかるけど、将来の不安うんぬんは、仮に首尾よくデビューできたとしても、こういう職業ですから、決して解消されるもんじゃないし、向上心を保つためには、逆に忘れちゃいけない気持ちとも言える。
また、ひとつとして同じ人生などないのだから横を見てうらやんだりしても仕方ないのと同様、アーティストのキャリアも、それはそれは人それぞれですから。
最初に言ったように、漫画家としての在り方も昔よりずっと多様に、自由に、豊かになってきているとも思うので、こばやしさんらしいそれが見つかるまで、根気よくトライ&エラーを積み重ねてゆけばいいんじゃないですね。
とりあえず、漫画を描くのが好きで仕方ない!というこばやしさんの情熱はよく伝わってきましたから。
何よりもまずは自分のために描くんだ、というところさえ忘れなければ、なんにせよ悪いことにはならないはずですよ。
お互い、頑張ってゆきましょー!
【今週のお絵描き】
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この記事は、女子部JAPAN公式WEBで2020年8月1日に公開したものを再編集し、掲載しています。